たくさんの人とリアルの場で出会う
「学び方を学ぶ」アクティブ・ラーニングを実践し、全国から注目を集める九段中等教育学校の須藤祥代教諭(情報科)。執筆連載「明日からの授業が変わる! 主体的な学びの舞台裏」では、最初の一歩を踏み出すための実用的で豊富なアイデアが多くの支持を集めた。
「たくさんの人とリアルの場で出会おう」と語る同教諭が、思い出深い着任時を振り返りながら、教員志望者にエールを送る。
◇ ◇ ◇
――着任の半年前からすべきことは何ですか。

学生にしかできないことをしましょう。後になって思わぬ場面で生きることがあります。私は学生時代に、スキー場のインストラクターをしていました。そこで身に付けた、「全体を見ながら、個別を見る」というスキルは、ファシリテーション力として授業で生きています。そして、たくさんの人と、リアルの場で出会ってください。そこで得た人脈や経験は、授業に直接生きています。
――実際に出会った人々が授業に関わっているのですか。
メーカーに勤めている友人に、提案書の作り方などのビジネススキルや、仕事以外も含めたライフスタイルについて、生徒がインタビューなどをしています。私は授業で『学び方を学ぶ』ことを重視しています。そういった経験を通し、生徒たちは学ぶ姿勢や方法を身に付け、主体的に取り組むことができます。
――着任前後の心境は。
着任前は何もわかりませんでした。何を準備すればいいのかも分からない。ただ、新しい環境にワクワクしていました。
着任後も、とにかく先が見えないので、無我夢中でした。生徒と歳が近かったので、温かく迎えてもらいました。同僚や上司の先生、職員や保護者の方々にも支えてもらいながらの日々でした。何でも聞けるのは初任の武器です。分掌や部活など、関わりのある先生には、仕事を見つけては聞いていました。
「やっと笑ってくれたね」
――着任当時で思い出深いことはありますか。
落ち込んでいたときに、いたずら好きの生徒が何人かそばにやってきました。その子たちが面白いことを言って、私が笑うと、「やっと笑ってくれたね」と言って去っていきました。とても温かく、ありがたかったです。
自分が辛いとき、何も言わず支えてくれました。決して一方的な関係ではないのだと、子供たちから教わりました。
――連載にある「最初の一歩」を踏み出すきっかけは。

参加した「マインドマップ」の研修会で、ヒントを得ました。それまでも授業間の連携などはやっていましたが、授業外でも育っていけるような底力を身に付けてほしい、そのためにどうすれば自分の力を発揮できるだろうと考えていました。研修会を通して、さまざまな手法や考え方を知り、「学び方を学ぶ」に重点を置こうと思いました。
――踏み出すには何が大切ですか。
先生が楽しむことです。自分が楽しまなければ、生徒たちも楽しくありません。そういった空間づくりをしましょう。そして開示することです。一方的な教授ではなく、教師の願いを伝え、分からないことは聞く。質問を曖昧なままにせず、「すこし時間をちょうだい」と言って、きちんと答える。生かせそうなものがあったら、生徒のノートや考えも積極的にシェアする。リアルタイムに授業をデザインしていきましょう。
保護者に対しても同様です。初任では保護者よりも歳が下の場合が多いですから、困っていることは素直に聞きました。そして生徒たちの良いところは、ありのままにきちんと伝える。場合によっては、同僚や上司と一緒に対応する。正面から向き合うことが大事です。
同僚に提案したいことがあれば、まず意見を聞く。共感できる部分がないかを探っています。必要であれば、一緒にサンプルを作ったりします。
――読者に「これをやるといいですよ!」と伝えたいことはありますか。
可能な限りいろいろな人と出会ってください。研究会や、ビジネスセミナーでもいいです。リアルの出会いと経験に勝るものはありません。きっと授業に生きるでしょう。
私は、これからも生徒と教師がワクワクするものを作り続けていきたいと思います。
【プロフィール】須藤祥代(すどう・さちよ)東京都千代田区立九段中等教育学校情報科主任教諭=平成15年から東京都の高校情報科教諭。「学び方を学ぶ」アクティブ・ラーニングの実践家として全国から注目を集める。連載「明日からの授業が変わる! 主体的な学びの舞台裏」を執筆。
教材研究×趣味 教員として希少性を
桐蔭学園中学校で教鞭を持つ松永和也教諭。初任時から同校の「AL推進委員」として先駆的な挑戦を続ける。勤続4年目という視点を武器にした執筆連載「職員室半径3メートルからの現場改革」は、実体験に基づいたリアルなエピソードで人気を博した。後輩を育てる力を高めたいと語る同教諭にとって着任までにすべきこととは、「教材研究×趣味の知識で希少性を持つこと」。教員志望者だけでなく、多くの若手にもヒントがあるはずだ。
◇ ◇ ◇
――着任の半年前からすべきことは何ですか。
1つは教材研究です。教員になってからではなかなか教材研究の時間を作れないからです。部活指導や校務分掌が積み重なると、どうしても授業準備の時間を削りがちになる。それでは本末転倒です。選考研究の論文を読むのもいいでしょう。ゼミや研究会にも可能ならぜひ参加してください。
2つ目は趣味に没頭することです。全然関係ないことの知識が、突然生きることがあります。ただ、最初から何が役立つかは分からないので、考え込まずに、楽しめる時間を大事にしてください。
実際に教壇に立ち、これらが掛け合わさった時、教員としての希少性が生まれます。
私は学生時代に映画製作サークルで脚本・監督をしていました。その時の知識が、今では授業で役に立っています。

――映画の監督とはすごいですね。具体的にはどんなことに役立っていますか。
役者を目指してる男の子が主人公の映画を作りました。現実と演劇のはざまで、夢を叶えるとは何か、と問う内容です。大学のコンクールなどに出展したり、実際の撮影現場で働かせてもらったりしました。その経験が生きた1つの事例は、メディア論の授業です。文章・写真・映像などの伝わり方の違いを考えていくものです。文章を写真や映像に置き換えて進めていくのが一般的ですが、私は実際に持ってきた映像作品を切り口に展開しました。より多様な視点で、楽しく考えることができました。今後は探究的な活動で映像に興味を持った生徒に指導ができればと思っています。
「半年後に授業が荒れた」
――着任前と着任後で、心境の変化はありましたか。
着任前は、落ち込んだ生徒の支えになったり、「良い意味で先生らしくない先生になりたい」と思っていました。そのおかげで、着任当初から生徒たちはとても懐いてくれたので、楽しく授業ができていました。
ところが半年経ったころには、授業が荒れてしまいました。ショックでしたが、やがて当時の私は「良くも悪くも甘い先生」だったのだと気づきました。

――生徒に懐かれることが必ずしも信頼されるわけではないと。
そうです。例えるなら当初持っていた理想は「患者とカウンセラー」「弟と兄」の関係でした。しかし「生徒と教師」ならではの専門的な関係作りが必要だと気付きました。
生徒は、先生が「見逃す」「見逃さない」を良く見ています。「僕たちを良く見ている」と感じる先生を信頼するのです。生徒一人ひとりを丁寧に見て、よく褒めて、しっかりと叱ることを意識するようになりました。そうすると荒れていた授業は落ち着き、生徒たちとの関係も変わりました。
――保護者との関係はどうでしたか。
小学校は8割が保護者、中学校は5割が保護者を相手にしていると言います。着任当初の入学式で、保護者に1つのお願いをしました。子どもの「代弁者」ではなく、先生と一緒に生徒を育てる「私たち大人」という立場でやっていきましょうということです。それには先生と保護者の連携がとても大事です。
「おや?」と思ったときに、保護者が学校への不信感を生徒に対して言い続けてしまうと、生徒は学校に意味を見いださず、生活にも学習にも影響が出てきます。先生や学校と直接話し、お互いの意図を確かめ合う、という関係づくりを進めていきました。
――これからやりたいことはありますか。
生徒に対しては、家庭学習の習慣化です。授業では教室しかできないことに絞って、単純なインプット作業は家庭学習に分けていこうとしています。そのためのやる気スイッチを保護者と一緒に探っているところです。
組織としては、後輩を育てていく力をもっと高めたいです。初任者研修だけでは網羅できないので、日頃から育て合う意識の高い組織を目指していきたいですね。
【プロフィール】
松永和也(まつなが・かずや)学校法人桐蔭学園中学校国語科教諭=平成26年から桐蔭学園中学校(横浜市)教諭。卓球部顧問。登壇や執筆、アクティブ・ラーニングの実践家として全国から注目を集める。連載「職員室半径3メートルからの現場改革」を執筆。