学習指導要領を押さえよう[教採試験の主軸テーマ](1)全国的に同じ教育課程で

教育時事のトップは、やはり新学習指導要領である。ここ数年は、筆記試験だけではなく、小論文、面接などにおいて最もテーマとして取り上げられる頻度が高いであろう。もちろん、教員になったあとも重要である。学習指導要領のポイントについて、4回にわたって紹介する。

まず学習指導要領とは何か、法的根拠から見てみよう。

学校教育法第三三条に、「小学校の教育課程に関する事項は、(中略)文部科学大臣が定める」と示されている(幼稚園は第二五条、中学校は第四八条、高等学校は第五二条、中等教育学校は第六八条)。「文部科学大臣が定める」というのは、国全体の教育課程が同じ定めの中で実施されているということである。例えば「都道府県知事が定める」となっていれば都道府県ごとに異なった教育課程が実施されていくことになる。

よく「国の教育水準の維持」と言われるが、法律上「文部科学大臣が定める」となっているので、全国的に同じ教育課程で学校教育が展開されている。

文科省サイトの「現行学習指導要領の基本的な考え方」においても「全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、文部科学省では、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めています。これを『学習指導要領』といいます」と説明している。

この文科大臣が定めるものが、幼稚園では「教育要領」、小・中・高等学校では「学習指導要領」である。学校教育法施行規則第五二条では「小学校の教育課程については、(中略)教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする」と定められている(幼稚園は第三八条、中学校は第七四条、高等学校は第八四条、中等教育学校は第一〇八条)。学習指導要領は法律に定められた教育課程の基準ということになる。

学習指導要領はいつからあるのか。現行の学習指導要領のように、法的な拘束力を持つ教育課程の基準として告示されたのは、1958年(昭和33年)、高等学校は1960年(同35年)である。学習指導要領の変遷はここから始まるといってもよいのだが、1947年(同22年)に学習指導要領(試案)が出され、1951年(同26年)にはその全面改訂が出されていた。詳しい変遷については次回。

(教育新聞教採試験担当班)