【深い学び入門(9)】教採試験で問われる…主体的な学習

教育評価総合研究所代表理事 鈴木秀幸
この連載の一覧

 「主体的・対話的で深い学び」に関係する採用試験の問題として、「主体的な学習」について考えてみたいと思います。問題は主として2つの面から考えられます。

 1つめは「なぜ主体的な学習が必要か」と説明を問われるものです。これに関しては第3回と前回も言及した、構成主義の学習観(学習理論)から説明します。

 構成主義では学習について、生徒が既存の知識と新しく学習した知識を比較して、矛盾があれば既存の知識を修正したり、新しい知識と入れ替えたりすることと考えます。このような作業は生徒自身が行う必要があるため、主体的な学習が必要となります。

 もう1つの説明は、新しい観点「主体的に学習に取り組む態度」によります。この観点を構成する要素として(専門的には構成概念と言います)、メタ認知能力があるためです。

 メタ認知能力は自分の学習の状況について自己評価し、必要があれば学習を修正していく能力です。メタ認知能力の高い生徒は、学習の達成度も高いことが分かってきましたので、この能力の育成が求められるようになりました。

 これも生徒自身が行うことを必要としますから、主体的な学習が求められます。以上のように構成主義、メタ認知能力の育成の観点から、主体的な学習が必要な理由を説明します。

 別の面からの問題や質問は、「主体的な学習」を促す指導方法に関するものです。これに関してはどれが正しい答えというものはなく、いろいろな解答があり得ます。1つの解答例として、次のようなものがあります。

 問題についての1つの正しい答えや、学習すべき知識があり、それを生徒が覚えることを学習と考えて指導を続けると(このような指導も必要な場合があります)、生徒はいわゆる「受け身の学習態度」を身に付けるようになってしまいます。

 これでは、「主体的な学習」を促すことにはなりません。正しい答えや知識であっても、そこに至るまでには、反対の考え方との議論があったり、長い探究過程を経てようやく正しいことが証明されたりして、確立されたものです。場合によっては、新しい考え方により覆されることもあり得ます(特に科学分野では)。もちろんガリレオの「それでも地球は回る」はその良い例です。

 そこで指導する教師が、正しい答えや、知識を覚えこませるといった指導方法ではなく、自分自身が疑問を持ち、探究しているような態度や指導方法を時には採用することを必要とします。教師が質問をして生徒にも考えさせようとしても、教師の考えている正解を見つけさせるのが質問の意図と考える習慣を、生徒は身に付けてしまっています。

 そのため時には、正解を言わず、教師も疑問を持ったままとして終わることも必要です。私の高校時代の国語の教師は正解を言わず、「どれがいいのでしょうねえ」で終わっていました。そのように言われると、かえって自分で考えるようになったものです。 


この連載の一覧

あなたへのお薦め

 

特集