【教員志望者のためのSDGs入門講座(7)】ESDはSDGs達成のために

大阪公立大学教授 伊井直比呂
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 新学期が始まりました。コロナによる制約はあるものの皆さんの大学や学校は活気づいていることと思います。私が勤務する大学はこの4月から新しく「大阪公立大学」となりました。よろしくお願いいたします。

 今回は、前回に引き続き「持続可能な開発」の背景や考え方を踏まえてESDの実践について記していきます。ESDとSDGsとの関係については前回、「ESDによってSDGsを達成していく」という関係にあると述べました。つまり、「誰一人取り残さない/取り残されない」持続可能な社会や未来づくりを、ESDを通じて目指す、ということです。

 文科省も「ESDが質の高い教育に関するSDGsに必要不可欠な要素であり、その他の全てのSDGsの成功への鍵として、ESDはSDGsの達成の不可欠な実施手段である」と位置付けています。ここでもう一度、この意味をかみ砕いて理解しておきましょう。

 まず、持続可能な開発は、私たちは将来世代と世代間公平が確保されるような生活や発展の仕方をすること(連載第3回)。そして、地球環境に負荷を与えてきた先進国が重視する環境問題と、発展が阻害されてきた途上国が重視する開発問題の両者を不可分のものとして解決する概念です(連載第4回)。

 しかし、現代においては経済的に豊かな国であるかどうかより、環境問題は全ての国や地域での問題であり、貧困、飢餓、差別などの不平等、劣悪な生活環境、衛生や健康問題、教育や分かることからの排除、災害、資源・エネルギー問題、暴力や紛争など人間の尊厳を脅かすあらゆる種類の脅威は国や地域を超えて私たちの身近な日常に態様を変えて存在しています。

 すなわち、人間の安全保障(連載第5回)が脅かされている状態です。しかも、これらは構造的に問題のいくつか(あるいは多く)を同時に引き受けたり強く影響を受けたりして暮らしている人(脆弱(ぜいじゃく)性を抱えた人)と、逆に問題を抱えることなく暮らすことができる人(強靭性を備えた人)がいます。

 一方では、問題の原因には、それを引き起こす問題の因果関係が連鎖しており(連載第1~3、5回)、確かに言えることは、私たちはこの連鎖のどこかに原因者(問題の当事者)として存在している、という事実です。この例は前回紹介したマングローブ林伐採を巡る日本とフィリピンのジレンマで紹介しました。なお、これについては現在多くの研究がなされています。

 以上から、ESDの実践は次のような手順が考えられます。まず、「環境問題、差別・貧困問題あるいは平和の問題などその事実の態様を個別に学ぶ段階」。次に、「個別に事実として把握した問題を、例えば身近な地域や学校にある環境問題として学習者の視点で探してみること」。これはとても重要なことで、自分で気付いたり問題に思うことを明らかにしたりすることは、やがてクリティカルシンキング(問い直す思考)につながります。

 そして、「大人には見えていない事実を児童生徒が発達に応じた視点で地域を見ること」です。これにより、児童や生徒が大切にしようとしていることを共有できるのです。この意味は、連載第4回でセヴァン・カリス=スズキさん(当時12歳)の「伝説のスピーチ」で紹介しました。

 次回は、この続きを記します。

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