【連載】教育現場の課題をひもとく 道徳から「特別の教科 道徳」へ②「育てたいもの」が変遷

東京家政学院大学教授 長谷徹

 

道徳について、今次の改訂で改められた部分について考えてみる。まず目標についてであるが、「特別の教科 道徳」の目標が「(前略)よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」とされている。

ここで注目されるところは、後半部分の道徳の学習を通して育てたいものが「判断力、心情、実践意欲と態度」となっている点である。これまでの目標で示されていた文言は「心情、判断力、実践意欲と態度」という並びであった。この改訂について解説書では「これらの道徳性の諸様相には、特に序列や段階があるということではない」とされている。とするならば、特に改めることもなかったと思われるが、改めたということについては、やはり何かがあるのではないか。

そう考えて、これまでの学習指導要領における順序の変遷をたどってみると、平成元年における改訂がポイントとして浮かび上がってくる。これは大きな改訂であった。

現行のように、4つの柱に整理して内容を示すということと、学年による内容の重点化が図られたことがその中心であった。その折に育てたい道徳性について、それまでの「判断力、心情、実践意欲と態度」という並びを変えて「心情、判断力、実践意欲と態度」となったのである。この改めについて当時の指導書では、「道徳性の育成の過程などを考慮して」とされている。ある意味を込めて順序を変えているのである。

なぜ平成元年では「心情」を先にして「判断力」を後にしたのだろうか。これを考えるときに思い起こさなければならないのは、当時の子どもたちの状況である。

当時(昭和50年代)は、中学校を中心に学校が大変荒れていたのである。校内暴力、器物破損、シンナー吸引などが横行し、子どもたちの心が荒れているとされた時代であった。各地で「心の教育の推進」といった主題が掲げられ、各学校で豊かな心の育成が強調されたのである。短絡的ではあるが、そうした状況の中での改訂であったので、「心情」が優先されたと考えることができる。

こうした状況を踏まえると、今次の改訂で道徳性の諸様相の順序が入れ替わったことについても、子どもたちの状況との関連を考えることが必要となってくるのではないか。

今回の背景には「いじめ」の問題があることは周知の事実である。こうした問題についての要因の1つとして、例えば学習指導要領の中にも示されている「善悪を判断し、人間としてしてはならないことをしない」といったことが、子どもたちには十分に育っていないのではないかといったことが指摘されている。いじめられている子へ思いやりの心をもって寄り添うことも大切であるが、一方では、してよいことと、悪いことを適切に判断し、望ましい行動を選択できる子どもの育成が急がれることも事実である。

こうして考えると、今次の改訂で取り上げられている「問題解決的な学習」や「体験を生かした学習」の導入もうなずける。これまでの読み物資料を通して「主人公の気持ち」を中心にした道徳授業を基本としながらも、さらに一人ひとりの子どもが考えたり、集団で議論したりといった授業展開の工夫が求められているのである。

ここで留意しなければならないのは、だからといって、心情を大切にしたこれまでの授業を否定して、全ての学年、全ての授業で判断力を育成するような授業を展開しなければならないということではないという点だ。必要なのは、これまでの授業も大切にしながら、授業にさらにひと工夫、ふた工夫していこうということである。

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