【連載】学校教育相談の歩みと展開 第2回 いつでも誰にでもできるを志向

函館大谷短期大学名誉教授 保坂武道

◇昭和40年代から◇

各地でカウンセリングの「専門的知識・技能」を修得した教師の育成と全教師にカウンセリングの心を身につけることの両側面が進められた。

生徒指導でも、自己指導力や自己実現への指導・援助が強調されるようになった。狭義の教育相談から全教育活動を通してのカウンセリング・マインドを生かした教育相談の考え方が強くなる。

だが、多くの熱心な教育相談への関わりにもまして、学校教育相談の実践に混迷も見られた。以前からあった教育相談への誤解・偏見に加え、「誰でもできる教育相談」と「教育相談アレルギーの熱心な教師」との区別があいまいになった時期でもある。専門家気取りの各教育研究所が模倣する教育相談の在り方に、見直しの声が上がった。そこでは、ロジャーズ理論を中心に、心理検査や精神分析(箱庭・遊戯療法)、行動療法が中心だった。教育現場では、これを熱心に学ぼうとする教師とカウンセリング・アレルギーの教師とが二分された中で展開されていた。

◇昭和50年代頃から◇

この時期、特筆すべきは、全国的な高校紛争や校内暴力の多発である。50年代後半になると、不登校やいじめ問題も深刻化してきた。これらに直接関わる方法または予防的な役割を担うものとして、教育相談に大きな期待も寄せられる。

これに呼応して、各地で教育相談研修会が活発に実施された。核になる教育相談のリーダー養成とともに、生徒指導の基本的姿勢として、全ての教師にカウンセリングマインドを身につけることも目標となった。教育相談の専門化と一般化が同時に目指されたのである。

それは、学習指導要領の変遷を見ると明らかだ。「厳しい生徒指導」と「甘い教育相談」の対立、「受容」と「許容」の混同、教育相談崩壊説も飛び出した苦難の時期でもあった。

◇平成7年以降◇

そんな低迷期を迎え、平成6年、国分康孝教授が提唱した教育カウンセリングに大きなインパクトがあった。折衷主義に立つこの能動的なカウンセリングは、教師なら誰でも使えるカウンセリングである。全国的に広まり、現在、第二次カウンセリングブームの原動力になっている。カウンセリングの学派は40を超すといわれ、個々に応じて多様なカウンセリングを自由に使いこなせる。

この流れは、曖昧模糊としてきた「学校教育相談」にも強烈なインパクトを与えている。学校教育相談が「学校抱え込み」から脱して「開かれた連携」へと変わっている。偏らず、指導者がさまざまなカウンセリングを自由に使いこなせる。これに尽きる思う。一部の特定の専門的な技能を持つ教師だけでなく「いつでも、どこでも、誰にでも」できる学校教育相談が大切なのである。それが、本当の意味でのカウンセリングマインドであると私は思う。積極的な生徒指導と開発的な教育相談は、今後ますます強く求められる。