【連載】原点からの「情報教育」再考 3 だめ教育でなく具体を論議

(一社)コンピュータソフトウェア著作権協会専務理事 久保田裕

何が悪口か受け止めは多様 だめ教育でなく具体を論議

 
「情報」が「人と何らかの思想・感情などの意味を共有するために表現した内容」だとするなら、教育に携わる者として、若者がどのように情報を扱っているのかをまず知る必要がある。

産業能率大学が昨年4月3日から6月15日にかけて、「学生の情報利用環境調査」と題して全学生を対象に行ったWebアンケートによると、学生のスマホ所有率は98・5%で、ほぼ全員がスマホユーザーだ。

利用目的は、1位がWeb検索(83・9%)、2位がLINE(61・4%)、3位がメール(60・6%)で、SNSとしてはLINEの利用が目立つ。LINEは、回答した全学生の90・2%が登録し、そのうち96・8%が利用している。つまり、LINEは利用率が非常に高く、登録している学生のほとんどが使っている実態が分かった。

「LINEは今や、小・中学生の間でもかなり広まっていると考えてよい」というのは、ネットコミュニケーションに詳しい静岡大学の塩田真吾准教授だ。

多人数グループでの情報共有やコミュニケーションに適しており、スタンプに代表されるように「返信が簡単」というのが、ユーザーが増加した理由と塩田氏は分析する。

ユーザーが増加し、コミュニケーション手段の選択肢が増えたのは喜ばしいが、一方で、ニュースで散見されるようなトラブルも起きている。塩田氏はその原因を「当事者としての自覚のなさ」によるものではないかと考えている。

従来、情報モラル教育では、トラブル事例の提示で注意を喚起し、同様のトラブルを回避するように指導することに重点が置かれてきた。ただ、そのトラブル事例は、どちらかといえば、極端な事例であり、誰もが明らかに「これは問題だ」と考えるもので、指導としては「悪口を言わないように」「不適切な写真を公開しないように」といった抽象的な指摘をするしかなかった。

しかし、こうした指導では「何が『悪口』なのか」「何が『不適切な写真』なのか」が議論されず、児童生徒に「当事者としての自覚」を促すことができていない可能性があった。

そこで塩田氏は、「自分と相手との考え方の違い」をベースに、「何が『悪口』なのか」「何が『不適切な写真』なのか」を考えさせ、「当事者としての自覚」を促す内容の教育手法をLINE社と共同で研究している。

私も情報モラルに関する講演を日々行っているので、この塩田氏の取り組みや考え方はとても興味深い。学校は、他人とのトラブルを通じて人間関係を学ぶ場でもあろうが、小学校や中学校の段階にある児童生徒にとって、身体性を伴わない文字のやり取りだけを通じたトラブルを人間関係の学習と位置付けるのは酷だと思う。

それでも、「他人と自分は違う」というコミュニケーションの基本を知れば、相手が自分の言葉をどう受け取るのかを意識した投稿を行うことができ、無用のトラブルを最小限に抑えることができるだろう。

「情報」は、人と意味や価値を共有するために表現した内容であるものの、発信者(表現者)と受信者との間にある主観的な受け取り方の違いから、発信者の意図と受信者の受け止め方が異なっている場合はよくある。だからこそ、その表現手法やそれを伝えるメディアの選択が重要となってくる。

体を使って直接伝える表現、文字だけでの表現、音声だけでの表現、静止画・動画を伴った表現をどのようなメディアで伝達するのが適切かを常に意識することが、重要である。

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