【連載】国際バカロレアを知るために 第22回 創造性・活動・奉仕(CAS)②

都留文科大学特任教授 広島女学院大学客員教授(IB調査研究室長)
リンデンホールスクール中高学部校長 大迫弘和

 

前回に引き続きIBディプロマプログラム(Diploma Programme:DP)の3つの「コア」のうち「創造性・活動・奉仕(Creativity, Activity, Service:CAS)」について書いていくことにします。

IBに関する日本語の著作が少しずつ発刊されてきています。昨年12月に福田誠治氏が『国際バカロレアとこれからの大学入試改革』(亜紀書房)を上梓しました。

福田氏については、ご存知の方も多いかと思います。PISAの結果でフィンランドの教育が大きくクローズアップされたときに、フィンランド教育研究の第一人者として注目された研究者です。現在は、都留文科大学学長を務めています。

同書は、まさに碩学の書で、私の知る限りでは、おそらく世界でもここまで精緻を極めたIB成立史を書き上げたものはないと思います。とりわけそのIB成立史が、日本の教育改革の文脈の中で意味づけされています。研究者と教育現場の結びつきを生み出す可能性を感じるものです。

さてその本の中で、CASは次のように説明されています。

「生徒は直接的体験からもっとも利益を得、学ぶものだという理念がありました。認知発達に次いで、身体的活動と社会的活動が人格を形成するうえで必要であると彼(筆者注=クルト・ハーンを指す)は信じていました。ディプロマプログラムのカリキュラムで、全てのIB生徒が、人格全体を発達させるために、何らかの創造活動、美的活動あるいは社会奉仕活動を実行するように、IBは決めたのです」

日本ではIBのことを「国内外の名門大学に入学するための有効なツール」と考えている人が、まだまだ少なくないかもしれません。「受験実績を上げるため」という目的でIBに関心をもっている高校もあるように思います。それは、IBの本質を理解していない、誤ったIB観といえます。IB生徒は、たしかに世界の多くの大学から歓迎されています。その理由はただ「学力が高い」ためではありません。

CASを含めた全人教育により、大学入学時に学ぶ姿勢とスキルを身に付けているからです。どんなに教科の点数が高くても、CASを完了していない生徒は、ディプロマプログラムの修了が認められない仕組みになっています。またCASはその性質上「点数化」はされません(他の2つのコア「知の理論(TOK)」「課題論文(EE)」は45点満点中の3点に数えられます)。TOKが最もIB的な学びとよくいわれます。それは確かにその通りではあるのですが、同時にこのCASもまた極めてIB的なものです。

知識偏重偏差値教育の中で、テストの点数さえよければそれでよし、とする考え方に対して、IBの導入が、教育とは何かという根源的な問題を提起するのです。