【連載】教育現場の課題をひもとく 言語活動の成果と課題③ 教師の姿勢で学びの質は深まる

埼玉学園大学人間学部子ども発達学科長 梅澤実

○授業設計における教師の問い

前回、子どもたちの学習過程から「動き回る」状況での言語活動の創出と、それを「見る」ことが重要であると述べた。今回は、「授業設計」「学習活動」をキーワードに考える。

教師が伝えたいと考えた「知識」は、子どもたちにそのまま伝わることはない。前回、学習者が「動き回る」ことができる「状況」があって、はじめは自分の問題を解決するための言語活動が生成されると述べた。学習は、教師の提示した「問題」を自分の既有の知識や体験と照らし合わせながら、その「問題」が自分にとっていかなる価値をもつものかを探るという、自分とその「問題」の距離を探ることから始める。

その「探る」過程こそ、子どもたちによる「知識」の再構築と獲得の過程なのである。

従って、「知識」は、その「問題」と自分との距離を探った過程での諸々のこと(その「問題」の存在した状況、その問題の自分にとっての価値、手探りの過程での感情)が一緒になって修得されるのである。

そこで、論理と実証による真理を基準にした吟味だけでなく、子どもの側から知識を問い直す視点が必要になる。そのためには、授業を設計するにあたって、次のような問いを教師が自らに発することが必要になる。「この知識は、子どもにとってどんな価値があるのだろうか」「子どもたちはその知識を、どのように獲得していくのか」「言語活動を通して、子どもはどんな方法を獲得するのだろうか」「その方法は、子どもにとって将来どのように使われるものか」と。

この問いは、子どもたちの「学び」と「学力」に対する実践的な視点である。そうした問いを発しつつ授業を設計するとき、マグダリン・ランパートの実践と研究は、我々に大きな示唆を与える(M・ランパート「真生の学びを創造する」/佐伯胖他編『学びへの誘い』収載、東京大学出版会)。

○言語活動を促す本質的なもの

ランパートは、数学における指導目標を「教育内容である数学そのものの知識」と「数学という実践(数学についての知識)」であるとする。数学の授業では、計算できる技術や定理の使い方といったことを学ぶだけでなく、そのようにする「正当な根拠が教師や教科書からでなく、数学の議論から生じるものであること」を学習者に学んでほしいというのである。

ランパートの授業は、数学と世界(社会)との関わり、数学を通して世界を見ることの意味理解が、言語活動を通して学習者に生成される授業であるといえよう。数学と世界が関わる状況に埋め込まれた「問題」を教師が授業で提示するとき、「教科内容そのものの知識」を道具とした言語活動が生まれ、学習者は、数学で育てようとする思考力・表現力・判断力を身につけることが可能になる。

そうした「問題」は、まず、教師自身が「数学という実践」をすることで作られる。「問題」を生成する教師の姿勢が、どの授業でも貫かれるとき、学習者の言語活動の質は深まる。そのような問題解決のための言語活動が繰り返されることで、学習者の思考・判断・表現が習慣化されるからである。

ランパートの「数学」には、各教科名を入れることができよう。これまでの各教科の先達の実践はそれを物語っている。例えば、有田和正の「授業のネタ」を探究する行為は、有田の「社会を見る」視点、社会に向かう姿勢を学習者は学ぶのである。板倉聖宣の「仮説実験授業」もまた、その根底にある彼の「科学の行為」が、理科の授業の言語活動として具現化され、学習者は「科学という実践」を学ぶのである。

次回、「評価」「教育課程」「校内研究会」をキーワードに考えたい。