子どもたちの知恵が学級変えた 多田孝志目白大学教授が退任講演

これまでの歩みを振り返る多田教授
これまでの歩みを振り返る多田教授

「教職2年目で多動の児童がいる学級を受け持った。学級を落ち着かせたのは、子どもたち自身の知恵だった」――。目白大学人間学部児童教育学科教授の多田孝志学部長・学科長が1月30日、同学科全学年の学生が集う学年末集会で、退任前の記念講演を行った。

冒頭、これまでに訪れた世界39カ国を世界地図で示した。各地の普通の暮らしの中に、人生を深く生きている多くの人と出会い、悲しみや苦しみがあっても、幸せに生きるようとしている人生にふれたと語った。

そういう人生観や出会いができた原点には、自身の挫折や無力感があった。小学校では跳び箱が飛べなかった。逆上がりもできなかった。高校時代は2年生で50人中49位。不登校となり、3年間を通じて学校で口にしたのは三言だけ。そんな子だったから、勉強ができない子の気持ちが分かる教員になりたいと思った。

自分を大きく変えたのは、柔道との運命的な出会い。運動が苦手な自分でも、1つの技を極めていけば勝ち抜ける。体が小さかったので、背負い投げを磨いた。こんな自分でも何かができる実感をもてた。稽古で疲労困憊しても、不思議と身の内から力がわいてきた。柔道5段になった。

小学校教員になった2年目。6年生の学級にはせいじ君という怪力の子がいた。脳に器質的障害があり、たまに凶暴になる。椅子に座ったまま動いて教室を徘徊する。気に入らないと相手の二の腕に噛みつく。給食のトレーに献立を全て混ぜて牛乳をかけてすする。その学校ではこれまで、学期ごとにせいじ君をほかの学級に移していた。

せいじ君をどうするか、学級のみんなで話し合ってもらった。みんながいろいろな知恵を出した。「先生、せいじは動物が大好きだよ」。せいじ君を飼育係にした。休みの日でも、ほかの飼育係と一緒に、ウサギの世話をしに学校にくる。動物には実に優しい。「先生、せいちゃんは女の子には手を出さないよ」。そこで「せいじシフト」を敷いた。回りを女の子で囲んで座らせた。せいじ君はおとなしい。

日光の移動教室に連れていくか。他の先生は反対した。連れていったが、予想通り暴れた。いろは坂のバスで歌をくちずさんでいる。「多田先生はバカだ。多田先生はバカだ」。せいじ君は、自分の思いを伝えられるようになっていた。

学級を組織化するのは先生の力だけではない。児童の力。卒業式では、こみ上げてくるものがあり、せいじ君の呼名に声をつまらせた。卒業生は言った。「せいじ君がいたから、あのクラスはよかった」と。

海外の学校でも教えた。ブラジルの山奥の学校は小1から中3まで49人。教員2人が複式2部制で1日中教えた。学校とはいえ、普通の民家。机も校庭もない。あれがあれば、これが整えばなどとは言っていられない。でも、何もないからこそ、そこに工夫の余地が無限にあった。だからそこは、理想の学校だった。上級生が下級生を教えた。みんなで工夫して助け合った。悪条件を逆手に取った。

毎日、詩を作らせた。その中から、全世界詩コンクール7編選のうち、4編までがその学校の子どもたちの作品となるほどになった。少しでも質の高い教育ができたのは、みんな子どもたちのおかげ。

日本国内では、教育実践の修行者として全国を行脚した。高校生1100人を前に授業をした。小学校で詩の授業をして、コンクールで優秀作に選ばれた子が出た。どこでも子どもたちから感動をもらった。

教育実践者として人生を振り返り、大切なのは人の心をきちっと感じ取れる感性、希望を持ち自分の中にあるものを信じること。小さな感動を大切にし、虚飾にまけず、高みを求めて孤独に耐え、仲間を大切にしてほしい。

講演の途中には、柔道着に着替え、技を披露する場面も。学年末集会に集った学生らに、多田教授の言葉が深くしみわたっていった。

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