【連載】教育現場の課題をひもとく 問題行動の現状と課題 いじめ① 仕返しから法化社会まで四つの波

神田外語大学教授 嶋﨑政男

 

新聞記事を基に、いじめ問題の歴史的経過をたどると、戦後間もなく「いじめ仕返し事件」が目立ち始め、1980年代に校内暴力と混在して多発した時期を経て、「四つの波」が続く。

通常「四つの波」を中心に「いじめ史」が語られるが、その態様・対応等を比較すると、「第一・二波」と「第三・四波」には相違点がみられる。そこで、これを違う特徴をもつ時期として扱う。

それぞれの時期の特徴やいじめ問題の歴史的経過を知るのは、再発防止に向けた危機管理としてのナレッジマネジメント充実に役立つ。いじめ問題の流れを、「仕返し事件多発期」「校内暴力混在期」「社会問題化期」「法化社会期」の4期に分けて概観する。

▽第1期「仕返し事件多発期」
いじめ仕返し事件は、高2の2人がいじめる同級生を金槌で殴打し仮死状態で川に投棄した事件(84年)、27歳の男性が中学校の同窓会に砒素入りビールと爆弾を持ち込み復讐しようとした事件(91年)など、80年代・90年代にも発生しているが、これらの事件は「いじめ」そのものより「仕返し殺人」に焦点が当てられた。
「仕返し事件」の意味合いとともに、いじめの構造や背景が社会学的知見から検討されたのが、中3男子2人が就寝中の「仲間」(いじめる側)4人を襲い3人を殺傷した事件(78年)で、多くの研究者が今日的な「いじめ問題」の起点と捉える事件であった。

▽第2期「校内暴力混在期」
80年代前半をピークに、「校内暴力」の嵐が全国の中学校を席巻した。多くのマスコミは「対教師暴力」の壮絶さを連日のように書き立てたが、教職員が胸を痛めながら昼夜をいとわず向き合っていたのは、一部生徒による他生徒に対する暴行・恐喝・強要等(いじめ)であった。
子ども天使論や造反有理論を背景に、「校内で生徒を逮捕」「学校に警官隊突入」等学校批判の論調が目立ったが、「弱点」とされる特性に対するいじめ(「弱い者いじめ」と呼ばれた)は残酷であり陰湿であった。

▽第3期「社会問題化期」
「校内暴力に代わっていじめ問題が生じた」という論考に出合うことが多いが、繰り返しになるが、校内暴力多発期はいじめ問題多発期でもあった。その後、悲惨ないじめを主因とする自死事件が起こると報道も過熱し、いじめの発生件数(06年からは「認知件数」)が急増する「波」が4回訪れた。第一の波は、「葬式ごっこ事件」が発生した86年に、第二の波は愛知の中学校2年生自死事件が起こった94年に押し寄せた。対応策の基本認識は「思いやりの心を育てる」から、「いじめは人間として絶対に許されない」へと変化したが、子どもの心に訴える「心理主義」が防波堤の主軸にあった。

▽第4期「法化社会期」
第三の波は隠蔽体質が厳しく問われた小学校6年生自死事件(05年)、いじめの助長等教師の対応が糾弾された中学校2年生自死事件(06年)が発生源となった。各地の教育委員会で、「いじめへの加担若しくは助長」を懲戒処分対象に明示する等の「法化社会」の到来を思わせる動きが見られた。その流れを強く押し進めたのが11年の大津市中2男子自死事件であった。学校や教育委員会の対応が大きな問題となり、「いじめ防止対策推進法」(13年)の成立や、教育委員会制度の改革(14年)につながった。

第4期に入ると、法・条例の整備、基本方針の策定、対策委員会の設置等、いじめ防止対策が進む一方、いじめの認定をめぐる学校と保護者のトラブル、第三者委員会による検証要求や損害賠償を求める訴訟が増加した。「法化社会」(教育論理からの問題解決よりも法論理による問題処理が優先される社会)の認識・知識が求められるようになったのである。

関連記事