【連載】活躍する退職校長会(2)京都府連合退職校園長会

京都市学校歴史博物館の正門
京都市学校歴史博物館の正門
協力・全国連合退職校長会

 

先人からの財産をさらに発信

京都府連合退職校園長会は、昭和41年(1966)に発足しました。現在は府内7地域の退職校園長会の連合体で、各校園長会では、地域の実態や特色を生かし、組織の活性化と魅力ある事業の推進に取り組んでいます。本会は、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・総合支援学校の元校園長の集まりです。校種別に活発な活動が展開され、独立した活動を進めていますが、市区町村という地域の集まりを緩く結んでいるのが、連合退職校園長会ともいえます。

1.地域の一員として学校教育を支援

会員は、地域の一員として、自治活動や地域、学校教育の支援に協力。学校運営協議会への参画や登下校の見守り隊、小学生の放課後学び教室、ボランティア先生、地域スポーツ教室へのボランティアなどに取り組んでいます。

各地域では、地域会長、理事を中心に独自の活動が展開され、総会や研修会の開催、会報の発行などが行われています。会報は、会員間をつないでいる心のオアシスです。会員の消息や健康づくりなど、これからの生活を豊かにする知恵や工夫がたくさん詰まっています。

また「教育尊重の気運を高め、教育振興に寄与する」「福祉の充実と会員相互の懇親」を基本に、地域活動のさらなる充実と活性化をめざしています。

2.創設50周年で記念式典・総会・祝賀会

本会は、今年で創設50周年を迎えました。記念式典・総会・祝賀会を7月2日、綾部市で来賓多数の臨席のもと、盛大に開催しました。オープニングセレモニーは、子どもたちによる太鼓の力強い演奏でスタート。特別講演は「工場は学校、学校は工場~グンゼ(株)創業者 波多野鶴吉翁」と題して、前綾部市長の四方八洲男氏から話をうかがいました。概要は次の通りです。

グンゼ創業者の波多野鶴吉は、1858年(安政5年)、綾部町(現・綾部市)で出生。学生時代を京都で過ごし、さまざまな事業を興すも次々と失敗。失意に打ちひしがれるが、妻の支えで綾部に帰郷し、小学校教員として再出発。「授業中に居眠りを繰り返す」養蚕農家の子どもたちが、家庭で過酷な労働下にある姿を目の当たりにし、蚕糸業の体質改善を決意。

28歳で蚕糸業組合の組合長に就任し、地元の養蚕業を活性化させ、地域社会に貢献した。鶴吉は「善き人は良い糸をつくり、信用される人が信用される糸をつくる」と考え、「人間尊重」に根ざした社員教育を徹底。従業員を愛し、その一生の幸福を願って教え導くことが大切との理念のもと、優れた人材を工場長や教師として迎え、平等な社員教育を行った。「表から見れば工場、裏から見れば学校」とは、当時のグンゼを表現した世評であった。

創業以来、綾部の経済発展の中核を担ってきており、今でも鶴吉翁をたたえ、グンゼ工場の敷地内に記念館があります。

3.京都市学校歴史博物館

幕末の戦禍、明治維新による東京遷都により、京都は衰退の危機にありました。町衆をはじめとする明治の先人たちは、京都の復興のため都市基盤の整備や勧業政策などさまざまな近代化政策を実施。中でも力を入れてきたのが「教育」でした。

「まちづくりは人づくりから」の信念のもと、明治5年の学制頒布に先立ち、同2年に日本で最初の学区制小学校である64校の「番組小学校」を開校させたのです。

京都市学校歴史博物館は、「番組小学校」をはじめとする京都の教育の伝統と、学校の創設と運営に力を注いだ町衆の情熱を全国に発信するため、市内の学校に遺された教科書や教具・教材などの教育資料、卒業生らが学校に寄贈した美術工芸品を収集保存し展示する施設として、平成10年11月に開館しました。

施設は、少子化のために閉校した開智小学校を活用、正門の木造の高麗門、石塀(国登録有形文化財)も当時のものです。開設準備や展示物の解説には、多くの退職校園長会のメンバーが関わっています。

4.『北桑時報』の維持・発展…北桑田地域

『北桑時報』とは、大正8年に創刊され、実に96年にわたり549号まで発行され続けている「旧・北桑田郡」地域の総合雑誌とも言えるものです。大正から昭和初期、へき地性の強かった同地域の住民に、国内外の新しい情報を提供すべく、強い意気込みで発行されました。内容も政治、国際情勢、農業更生、林業振興、学校教育、青年・女性問題、生活改善など多岐にわたっています。

旧・北桑田郡は、その後、京都市右京区と南丹市に編入されて消滅しましたが、『北桑時報』は、地域の関係者によって発行されています。北桑田退職校長会は、『北桑時報』発行事業に地域の人たちとしっかり連携し、常に大きな役割を果たし、地域の財産を維持・発展させています。

今後も、地域で育った子どもたちが、いずれは地域に帰り、地域のために活躍してくれることを期待しています。

(担当・橋本楯夫)