【連載】教育の落とし穴 子どもの安全・安心を考える ① 「不登校ゼロ」の目標は妥当か

名古屋大学大学院准教授 内田良

 

■子どもの安全・安心のために

危険だらけの世界よりは、安全・安心な世界のほうがいい。ましてや学校教育ともなれば、子どもの安全・安心が最優先されるのは当然だ。

しかし、今日の学校教育を見ていると、子どもの安全・安心が脅かされている出来事にたびたび直面する。しかもそれは、教育という大義名分のもとに「よかれ」と思って推進されている場合も多いだけに、話はけっして単純ではない。

この連載では、私たちの陥りがちな思考を反省しながら、子どもの安全・安心を確保するための術を考えていきたい。

18歳以下の自殺には、(1)春休み明け年度始め(2)5月の大型連休明け(3)夏季休業明けにピークがある。特に(3)=内閣府発表の「平成27年版自殺対策白書」から
18歳以下の自殺には、(1)春休み明け年度始め(2)5月の大型連休明け(3)夏季休業明けにピークがある。特に(3)=内閣府発表の「平成27年版自殺対策白書」から

■夏休み明けの登校圧力

夏休みも終わり、この9月、子どもたちの学校生活が再開した。

夏休み明けというタイミングについて、昨年、内閣府が発表したデータは衝撃的であった。「18歳以下の自殺者において、過去約40年間の日別自殺者数をみると、夏休み明けの9月1日に最も自殺者数が多く、(略)学校の長期休業明け直後に自殺者が増える傾向がある」(「平成27年版自殺対策白書」)というのだ。学校に通うのが、一部の子どもに大きな負荷となっているようだ。

この現状を踏まえるならば、まずもって子どもには「必ずしも学校に行かなくてもよい」ことを伝えなければならない。しかし現実にはそれどころか、「不登校ゼロ」を目標として掲げる学級・学校や行政がたくさんある。

■「不登校ゼロ」の落とし穴

はたして「不登校ゼロ」の目標は、妥当なのか。私にはその目標が、どうしても窮屈に思える。「不登校ゼロ」が結果的に達成されたのであれば、それでよい。だが目標にされると、それは登校圧力と化す。その登校圧力が、「学校に通えないから自殺する」という選択につながっているのだとすれば、「不登校ゼロ」目標の責任は重大だ。

「不登校ゼロ」という一見すると大切な考え方であっても、それが思わぬかたちで子どもに多大な負荷を与える。子どもの安全・安心には、しばしば冷徹な思考が求められる。「冷たい」と言われても、気にしてなんかいられない。

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