【連載】目指せ管理職 選考試験を突破しようⅢ 第16回 危機・安全管理の指導力1

「ネットいじめ」への対応
○「れっきとしたいじめ」として指導

「ネットいじめ」とは、スマホなどを通じたメール、ブログ、ラインなどの通信方法で、特定の子どもの誹謗・中傷・悪口や個人情報などをネット上に書き込み、いじめを行うものである。本人や友人に「なりすまして」書き込むこともできるために、ひとたび「ネットいじめ」の対象になってしまうと、いじめている側の特定が難しく、本人は逃げ場がなくなってしまう。

しかも、いじめが行われているのに教員が気づきにくく、確認しにくいのもひとつの特徴だろう。

ネットいじめは、学校に突きつけられた新しい課題だといってよい。

○児童生徒への指導

人は「言葉」で意思疎通を図り、文化を継承するなかで発展してきた。言葉が持つ「光」の部分である。一方で「言葉」は、「影」の部分も同時に持っている。言葉で仲間を落とし入れ、孤立させ、迫害を加えることもできる。特に、相手の顔や表情がみえないインターネットなどの仮想空間では、過激な表現や無責任な言葉が行きかい、本人が知らない間に「ネットいじめ」が急速に広がってしまう。

学校は、正しい言葉を使って自分の意思を伝える大切さを児童生徒に教えるのを大事にしたい。この指導は、教科としての国語でその使い方を指導するだけでは十分ではない。あらゆる教育活動の場面を通して実践する必要がある。

さらに、何気ないネットへの書き込みであっても、それがプライバシーや人権侵害であったり、時には生命に関わる深刻ないじめになりえることを徹底して教える必要がある。
同時に、児童生徒自身に考えさせ、話し合いを深め、「ネットいじめは絶対に許されない」との意識や態度を形成することが重要である。

また「ネットいじめ」に遭っているのがわかった場合には、いじめる側が削除する前に、その写真を撮るなどして、記録を残すようあらかじめ児童生徒に指導したい。教職員と児童生徒の間で、日頃からそのような相談ができるような人間関係を培っておくことは、いじめに限らずすべての教育活動の基本である。

○教職員への指導

全ての教職員が言葉に対する感性を磨く研修を心がけ、自身の心を敏感に研ぎ澄ましておく必要がある。日常的な児童生徒、同僚、保護者との会話にも、十分な配慮のある言葉を発することができる教職員に育てたい。そのためには、教育書などの専門書だけでなく、さまざまな本を読むなどで多様な文章にふれ、学級通信などでの文章づくりを奨励し、言葉の力を自分のものにできる教職員に育てたい。

その上で、学校生活のあらゆる場面で、児童生徒が使っている言葉に注意を払い、即座に指導する。それととともに、言葉による「ネットいじめ」も、れっきとした「いじめ」であるとの強いメッセージを児童生徒に伝えていきたい。

○保護者への指導

スマホは、常時インターネットに接続可能な、持ち運びができるPCである。家にあるPCならば、何を閲覧しているのか、何を書き込んでいるのかが保護者の目に届く。しかし、「スマホ」で人知れずネットに加わることができ、「ネットいじめ」に荷担してしまう可能性があるのを忘れるべきではない。未発達な子どもは、保護者が保護すべき存在である。

スマホと呼ばれるネット端末の使用について、保護者対象の研修会を開いたり、家庭内で正しい使用についての約束やルールづくりなどに取り組むよう指導する。

加えて、「てめぇ」「○○してんじゃねぇよ」「あっち行ってろ」など、どきっとするような言葉を自分の子どもに発している保護者も存在する。保護者会などの機会を通して、少しでも言葉の大切さを訴えたい。しかも、それは担任ではなく、学校の校長や教頭こそが話題に取り上げるべき内容である。

「ネットいじめ」は、文科省のいじめの定義にも、十分当てはまると思うが、前述したように、いじめる側の特定が非常に難しい。間違って特定してしまえば、人権問題にもなりかねない。このため、「ネットいじめ」が発見された場合、関係機関との連携は欠かせない。できれば、書き込み削除などについては公的機関に相談させたい。

またネットに関わって、人権や犯罪などの内容の情報が入った場合は警察への通報、児童相談所への通告も必要になる。

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