【連載】教育の落とし穴 子どもの安全・安心を考える ② 「いじめゼロ」はいじめを温存

名古屋大学大学院准教授 内田良

 

2014年度の小学校・中学校・高校・特別支援学校における1000人あたりのいじめの件数(文部科学省「平成26年度 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」から」)
2014年度の小学校・中学校・高校・特別支援学校における1000人あたりのいじめの件数(文部科学省「平成26年度 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」から」)

■都道府県別の件数

図は、平成26年度の全国の学校(小学校・中学校・高校・特別支援学校)におけるいじめの件数(1千人あたり)を、都道府県別に示したものである。さて読者の皆さんは、自分が子どもだとしたら、どの都道府県に住みたいと思うだろうか。

こうした問いを投げかけると、大半の方は、佐賀県、埼玉県、福島県あたりを選ぶ。「件数が少ないから」という理由だ。他方でまれに、京都府や宮城県と答える方がいる。安全・安心な学校生活を志向するならば、こちらのほうが、正しい選択と言える。なぜなら、数字が大きいということは、それだけ教師がいじめを発見し、ケアに努めているということだからである。

■「いじめゼロ」目標の危うさ

私は特に、学校現場での教育経験があるわけではないが、いじめをゼロ件に「す・る・」自信がある。それらしき場面を見たときに、目をつぶればよい。あるいは、「じゃれ合っている」と解釈すればよい。いじめのようなグレーゾーンが大きい事項では、それを発見すべき立場の者がどう振る舞うかによって、容易に件数が変わってしまう。

いじめへの対策では、「いじめゼロ」というスローガンがしばしば唱えられる。教育委員会や学校は、「いじめゼロ」を目標に掲げ、啓発活動を展開している。だが、これではむしろ、いじめは温存されてしまうのではないか。

確かにいじめが起きないに越したことはない。だが「いじめゼロ」が目標に定められて、それが強調されていくほど、仮に事例を見つけても報告しづらくなり、結果的にその事例は放置されかねなくなる。

考えてみれば、そもそも「いじめゼロ」の世界は、あまりに非現実的である。そのうえ「いじめゼロ」は、教師による事例の報告を抑制することになる。それよりは、いじめが起こることを前提にして、早い段階で教師がそれに気づき、学校がそれにいかに対応していくかが問われるべきである。「いじめゼロ」を諦めるところから、いじめ対策は始まっていく。

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