【連載】教育の落とし穴 子どもの安全・安心を考える ⑤ 巨大な組み体操を続ける学校

名古屋大学大学院准教授 内田良

 

■学校は変わったか?

2014年春に巨大な組み体操の危険性がインターネット上で問題視されてから2年余りが経過した。この間、組み体操の在り方は大きく変化した。16年3月には、それまで静観の態度を取ってきた国が方針を転換し、スポーツ庁から安全指導を要請する通知が発出された。

国の動きに合わせて、いくつかの自治体では組み体操が規制(段数制限など)されることになった。だが具体的対策を取らなかった自治体も多い。そうした自治体では、この秋もまた運動会や体育祭で巨大な組み体操が披露されている。

「安全な組体操」の一例:1段目と2段目が地に足を着いていて安定感があり、かつ高さも低い。
「安全な組体操」の一例:1段目と2段目が地に足を着いていて安定感があり、かつ高さも低い。

■「教育」という病

労働の安全衛生に関する基準を定めた「労働安全衛生規則」には、床面からの高さ2メートル以上の高所での作業について、「墜落等による危険の防止」のために、「囲い、手すり、覆い等を設けなければならない」(第五百十九条)と定められている。厳しい管理が事業者に要請されている。

一方、子供が組み体操において高所での教育活動に従事する場合、学校側に特別な法的責務は生じない。例えるなら、教師が体育の時間に、高さ数メートルの脚立に子供を無防備なままに乗せて、さらに脚立がグラグラと揺れているのが放置されている状況である。労働環境として見れば、明らかな法令違反である。

かつて巨大な組み体操に取り組んできたとしても、危険性が顕在化した時点で、しっかりと対応すればそれで良い。だが、そうした対応をとらず、これだけ世間の目が厳しくなっている中でも堂々と巨大なものを誇示しようとする。それはなぜか。答えは、「教育」にこだわるからだ。「教育」になった途端に、その意義が強調され、リスクは見えなくなる。思い起こせば、体罰もまた長らく「指導の一環」として正当化されてきた。教育的効果があると期待すると、負の側面は忘却される。子供の安全を考える際には、ときに「教育」から降りてみることも大事である。

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