【連載】なぜ、ゆとり教育は失敗と言われてしまったのか 第1回 前と次期要領の間に連続性

京都造形芸術大学教授・元文科審議官 寺脇研

 

中教審が8月1日に発表した次期学習指導要領に向けた改訂の基本方針(審議のまとめ(案))は、学校教育を通じて身に付けてもらうべき資質・能力として、(1)生きて働く「知識・技能」の習得(2)未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成(3)学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性」の涵養——を挙げている。

またアクティブ・ラーニング(AL)によって目指すべき子供たちの学びを、(1)学ぶ意味と自分の人生や社会の在り方を主体的に結びつけていく「主体的な学び」(2)多様な人との対話や先人の考え方(書物など)で考えを広げる「対話的な学び」(3)各教科などで習得した知識や考え方を活用した「見方・考え方」を働かせて、学習対象と深く関わり、問題を発見・解決したり、自己の考えを形成し表したり、思いを基に構想・創造したりする「深い学び」——とした。

卓見だと思う。まさに、これからの時代に必要な資質・能力であり、学びの在り方だろう。これは、マスコミから「ゆとり教育」なるレッテルを貼られて翻弄された平成14年改訂の前学習指導要領の目指したものと軌を一にしている。それが現指導要領を経て、決定的な完成形となるのが、次期指導要領だということが明確になったと私は考える。平成14年に出発した新時代のための新しい教育システムが、さまざまな議論にさらされながら、18年後の32年度にようやく定着するのである。

前指導要領は、基本的なねらいとして「自ら学び自ら考える力」などの「生きる力」を掲げた。「知識・技能」に加え、それまであまり注目されなかった「学ぶ意欲、思考力、判断力、表現力」など、「学習への関心・意欲・態度や将来の生活に関する課題に適応する能力」を重視することとしていた。次期指導要領の設定する資質・能力と基本的に同じなのが、両者を比べればわかるだろう。前指導要領のねらいをさらに突き詰めて洗練されたものにしたのが、次期指導要領なのである。

目玉とされているALの目指す学びは、前指導要領では「総合的な学習の時間」の目指すものとして示されている。

すなわち、(1)自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てる(2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにする——が挙げられるとともに、「各教科等で身に付けた知識や技能を相互に関連付け、総合的に働くようにする」「『総合的な学習の時間』で身に付けた力を各教科などの学習の中で生かす」ことが求められていた。これはほとんどそのまま、今回の「主体的・対話的で深い学び」に通じる。ALが「総合的な学習の時間」の学びを踏襲し、それを一層進化させた上で、全教科に及ぶ理念にまで広げたものであるのがわかるだろう。

そう、これが次期指導要領を前指導要領の完成形と呼ぶゆえんである。それもそのはず、両者は今後の社会の在り方への認識を共有しているのだ。次期指導要領が前提とする「グローバル化の進展や人工知能(AI)の飛躍的な進化など、社会の加速度的な変化」「将来の予測が難しい社会」という認識は、前指導要領の根源をなす平成8年の中教審答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」(文科省サイトで読める)において既に提起されている。教育が未来の社会に対応すべきものである以上、方向が変わるはずはない。

にもかかわらず、前指導要領と次期指導要領との間の連続性は、社会で、いや教育界の中においてでさえ、ほとんど意識されていない。そこには、前指導要領をめぐって発生した「ゆとり教育」騒ぎの陰がある。この連載では、その経緯をたどってみようと思う。

寺脇 研(てらわき・けん)=昭和50年に文部省入省、大臣官房審議官など歴任。”ミスター文科省”と呼ばれた。

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