【連載】目指せ管理職 選考試験を突破しようⅢ 第29回 危険が潜む教育活動

安全への配慮が問われる
○教育活動は「安全第一」

子供たちが教育活動をする中では、「安全第一」が問われ、不慮の事故などを含め、いかなる場合も、「想定外」は許されない。

最近、子供の安全に関わる教育活動の是非が問われ、大きな話題となり、学校としての対応が問われてきている。ここでは、運動会・体育祭における「組み体操」の実施の是非を例に、学校(管理職)の対応について考えてみたい。

○これまでの組み体操と課題

全国津々浦々で、運動会・体育祭の花形競技としてずっと君臨してきた「組み体操」。運動場で繰り広げられる集団行動的な体操演技の展開は、多くの観客を魅了してきた。特に、フィナーレに向かってだんだん難易度も上がり、多くの子供たちの心が一つになって、完成されていく演技に対して、観客から惜しみない賞賛が贈られる。子供たちにとっても、幾度も失敗しながら本番で完成できた達成感・成就感は、まさに組み体操の魅力であった。

しかし、その取り組みの舞台裏では、全国で年間8千件を超えるけがの発生が報告される、危険を伴う演技でもあった。

○揺れる現場、中止の自治体も

平成27年9月に発生した大阪の中学校での10段ピラミッド崩落現場の動画が配信されたのを契機に、けがにつながるリスクの高い「組み体操」の実施の是非に対して、世論は一気に沸騰した。これを受け、スポーツ庁からは「安全性を確実に確認できない場合は、実施しないように」、併せて「学校には、子供への安全配慮義務(学校保健安全法)がある。一律禁止ではなく、やるのであれば一層の緊張感を持ち、周到な対策に取り組んでほしい」という談話が発せられた。事実上、実施の是非については、学校側の判断に委ねるものと示された。

しかし、歴史と伝統の中でずっと行われてきている定番の「組み体操」。リスクを避け、形や難易度を変えながら実施してきた学校サイドは、揺れに揺れた。28年度から原則休止や全面中止、中には条件付き実施の検討を呼びかけるものまで、さまざまな対応を示す自治体がでてきた。多くの学校が「組み体操」を実施しない方向で教育活動の見直しを進める事態となっている。

○何が教育的配慮なのか

対応を示した自治体下における学校は、その指示に従うわけであるが、大多数の学校では、学校側の判断に委ねられたことについて、校長はどのような手続きを踏んで、どのように判断・決定し、保護者・地域にどう説明していけるのかが問われている。リスクが高いのでやめるのか、リスクを最小限に止めて実施していくのかなど、何が教育的配慮なのかという問題である。

やめる学校には「組み体操」に替わる子供たちの達成感につながる花形競技を何にするか、継続する学校はどう安全性を担保する演技に変えるか、を示す必要がある。検討を重ね、指導者の指導力や子供たちの実態も考慮しながら、継続実施の是非について十分な議論を経ることが大切である。あくまでも明確な判断の基準(発達段階を踏まえた系統的な指導と内容、子供たちの体力、練習に費やせる時間の確保、教師の指導力、地域性や伝承性など)によってフィルターにかけながら、その活動の実施を通して、達成すべき目標と意義を明確化しなくてはならない。

実施の是非に対する学校側の確固たる姿勢を示す必要がある。

「危険」への配慮から、「騎馬戦・棒倒し・ムカデ競争など」が姿を消し、「組み体操」も、という意見もある。しかし、安全対策に万全を期した上で、日々の生活の中では得がたい集団行動演技の経験の中から、危険予知能力や危険回避能力の養成や、その危険に立ち向かう気力と体力の育成を目指し、系統的・発展的にカリキュラムに位置付けて継続的に指導が実施されていくことにも、教育活動のあるべき姿がある。

今回の「組み体操」実施の是非に対する対応は、自校の教育活動全体をマネジメントしていく上で好機となるだろう。「不易と流行」や地域性、子供の実態などを考慮しながら、自校で行われている教育活動の中に潜む危険の洗い出しと対応、また危険のリスクを軽減するための見直し・改善などを総合的に検討するよい機会である。校長は確固たる教育理念のもと、校長としての的確な、そして強い指導力を示すよい機会と捉えるべきである。