【連載】クオリティ・スクールを目指す 第97回 質・量の二兎を追う新指導要領

教育創造研究センター所長 髙階玲治

 

新学習指導要領は、教師たちからあまり歓迎されていない。むしろ、複雑さ・困難度が高まるのではないか、という警戒感がみられる。また識者たちが一様に指摘しているのは、変わらぬ学習量と授業時数不足に対する懸念である。

教育の「質」を保証するには、一定の「量」の学習が必要である。そこで、前回の指導要領の学習レベルを維持して、さらに「学びに向かう力」を充実するには、学習量もある程度保持される必要がある。下手に厳選すれば、学力低下の再来を批判される。学力保証は、必ずしも容易ではない。結果として「質」も「量」もハイレベルになった。

しかし、このままでは「主体的・対話的で深い学び」は十分深まらず、カリキュラム・マネジメント(CM)は極めて中途になる可能性がある。学校や教師のインセンティブも低下するだけであろう。そうならない授業方略をどう考えるか。

例えば、ある課題を徹底して学ぶことで、そこで身に付けた基礎的な「力」がその後の学習に強く作用したという例は存在する。その場合の「徹底して学ぶ」学習材が存在すれば、その効果は大きいものがある。

そこで「主体的・対話的で深い学び」は何を目指すかを考えたい。授業で基本的に求められるのは、その学習を通して子供が自ら学ぶ「学び方」を身に付けることである。「学びに向かう力」の獲得である。

実は数年前のベネッセの調査であるが、「よい勉強の仕方を知りたい」と考えている子供は半数前後みられた。これは何を意味するかといえば、教師は毎時間授業を行っているにもかかわらず、「よい勉強の仕方」を教えていないということである。学習内容の理解も大切だが、特に重視したいのは子供の「学びに向かう力」の獲得である。それは遠い将来のことではなく、今学んでいる課題追究が、次の新たな課題追究に生かされることである。

ただ、その「力」は容易に子供に身に付かない。繰り返し課題に立ち向かう必要がある。しかし、子供が課題追究力を身に付ければ、学習「量」を縮減できる可能性がある。その場合、教科書の活用に十分留意したい。

例えば、国語であるが、文章に味わいのない物語文、子供の疑問を誘発しないただの解説文、時代錯誤を思わせる素材提示など、ダメ教材がいくつも見られた。教師は学習材活用の判断力を高める必要がある。

これからのCMや授業展開は、「学びに向かう力」の基礎は何か、どうすれば今学んだことが、他の学習に転移・発展できるか、に注力したい。転移可能な学びの力の習得である。

学習「量」にこだわって、肝心の子供に身に付けたい「力」をなおざりにしないことである。授業力を磨く教師でありたい。

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