【連載】「ライブとしての授業」を研究する やりがいのある校内研究のススメ 5

京都教育大学教授 榊原禎宏

ドイツのタンデム・パートナー

ドイツで取り組まれている「エビデンスにもとづく授業診断とその開発方法」は、授業を捉えるということが主観的であるとともに、客観的でもありうるという立場から、(1)授業の構造を措定した項目に基づいた授業者、観察者、生徒によるアンケートと、(2)その結果の共通点と相違点を踏まえた、授業者―観察者間の振り返りと意見の交換という仕掛けを用意している。

この設計は、日本でよく見られる授業公開とその後の協議のありようについて、根本的な疑問を呈するものだろう。なぜなら、私たちがイメージするのはおおよそ次のようだからだ。

(1)授業はより多くの人に見てもらうのがよい。大勢に見てもらうほど「よりよい授業」を各地に普及することになるから。(2)「お客さん」がたくさん見ていても授業者と児童生徒は影響をあまり受けないから、静かに見ていれば通常の授業らしきものはわかる。(3)事後協議をすることで、仮説の検証が図られ、授業研究が進むはずだ。

しかしながら、これらはいずれも事実に反する。

なぜなら、(1)人が多いと見えるのは参観者の頭ばかり、肝心の授業を十分に見ることができない。せいぜい、垣間見える授業の様子をうかがいながら、配られる指導案とのにらめっこまでである。

(2)授業は見られることで変化する(観察者効果)から、教室は影響を受ける。とくにいつもはジャージ姿の授業者も、このときはなぜかスーツを着るほどである。

(3)参観者の発言のほとんどは、授業者についても生徒のことも知らずになされるので、的外れなものになりがちである。多くは初めて知った教員の授業を参観者は見ることになっている。

何よりも、その観察が正確かどうかが不確かなので、「私は見ました」レベルを超えることはまずなく、議論が成立しない。結果、「言いたい放題」の時間がいたずらに流れる。
以上の点について、ドイツの事例はこれらの問題を解消していると思われる。

すなわち、(1)授業を見るのは同僚の一人だけと決められており、観察者には1時間、すべての教室全体が視野に入る。(2)観察者の来訪は事前に生徒に知らされるものの、観察者はできるだけ授業に干渉せず、アンケート項目に従って観察することに専念する。(3)授業前に観察者は授業者とよく話をして、授業者の抱える問題意識や課題について十分に理解しておくことが求められる。闇雲に発言する可能性は低い。

このように、同じ学校に勤務する同僚の中から2人組(タンデム)を作り、1年を単位に2人の間だけで互いの授業を見合い、問題意識を共有し、授業後の振り返りや観察結果を共にする。これがタンデム・パートナーを得て行う継続的な授業改善である。

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