【連載】プログラミング学習からつくる未来への教育 第7回 プログラミング学習こそ未来への扉

eye-catch_1024-768_sugiyamaデジタルハリウッド大学 学長 杉山知之

昭和39年、東京オリンピック、僕は小学校5年生、東京都中野区立桃ケ丘小学校に通っていた。32年に開校した校舎は、鉄筋コンクリート4階建て、最新の配膳台が校内のエレベーターで行き来する完全給食。室内プールの上に体育館。柔らかいアスファルトで覆われた校庭。教室にはカラーテレビ。ちゃんとした音響設備の放送室。まだ戦後復興の中で、バラックを住居とする都民がいる街の中では、その小学校内は先進的な場所だった。そして、ぼくはそれがちょっと誇らしかった。

最近、SNSである経営者が「毎朝、校門をくぐっていく生徒たちをみると、まるでタイムトラベルのゲートをくぐって過去へ行くように見える」と書いていた。ぼくもそう感じることがある。いつの間にか学校内の時は止まっている部分があるのではないだろうか。

国語、算数、理科、社会という、いつの時代にも必要な科目にプラスして、日本は情操教育として美術、音楽を義務教育の中で展開してきた。その情操教育が、日本の豊かな現代文化を産む根底を創ってきた。そこに未来につながる科目を加えるとすれば、プログラミングだと思うのである。

プログラミングには、独立した科目を超えていくところがある。連載の第2回で紹介したアラン・ケイが描いたイラストを思い出してほしい。あのイラストは、子供たちが宇宙戦争ゲームを作るためにプログラミングを行っているうちに、そのゲームを作るのに必要な数学と科学を自ら学んでしまったというものだった。

小学校から中学校までプログラミング学習を続けていくなら、学校で習うさまざまな科目や、生徒たちが学校外で身に付けた知見を、プログラミングにより統合して、それを表現できるものとなって欲しいのである。もちろん、いろいろな科目で学習したことを融合した知見を、プログラミングしてアウトプットというところまでは一気には進まないはずだ。しかし、教師たちは、プログラミングはそのようなことを可能なものとする科目として、十分に認識しておくべきだと思うのである。

全7回で、好き勝手に述べさせていただいたが、四半世紀、コンピュータを使う教育事業に携わってきた人間の意見として参考にしていただければ幸いである。

最後に期待を込めて、「プログラミング学習こそ、未来への扉だ」と言いたい。

(おわり)

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