変わる学校、変わらない学校 学校マネジメント論(6)コミュニケーションの意味

eye-catch_1024-768_senoo10教育研究家/学校マネジメントコンサルタント 妹尾昌俊

この連載では、学校における課題の重点化やビジョンの共有について、いくつかの角度から提案している。

今日の切り口は「コミュニケーション」。せっかく魅力的なビジョンを立てても、あるいは、わくわくするような教育活動のアイデアを思い付いたとしても、教職員の間で十分に共有していけなければ、絵に描いた餅となる。

学校は、企業経営や行政経営よりも、ある意味で難しいと思う。なぜなら、校長等の言うことや考えを、個々の教職員が「確かにそれは大事なことだ」と腹落ちしなければ、個々の教室の風景は、なんら変わらないからだ。

トップの言うことをそれなりには聞いてくれることが多い企業や行政等とは違う。

ところが、思いを共有するコミュニケーションの大切さに心底気付いている教職員は、そう多くないように思う。

学校目標やビジョンなんて、4月当初の職員会議で説明した後は、お蔵入り。

職員室でかつてはストーブ談義があったが、今はあまり雑談しなくなった。

こんな教育をやっていこうと呼び掛けても、多忙を言い訳に、本気でやろうという人は少ない。

会議や研修会はあっても、本音で腹を割って話す場はほとんどない。

こんな学校が少なくないのではないだろうか。

変わる学校と変わらない学校の分岐点として、(1)到達目標(2)プロセス(3)チーム・ネットワークの3点が重要と述べた。

この3点をしっかり共有していくためのコミュニケーションがなければならない。

いくら多忙な現場だとはいえ、そこの時間は、はしょってはいけない。

例えば、ある公立高校は進学校である。校長は、大学等の進学後も社会的な課題に関心をもち、立ち向かってくれる子たちに育ってほしいというビジョンを持ち、そのために地域協働を通じて、さまざまな体験の場を設けたいと考えている。

教職員の多くは、そこに声高には反対しないが、そんなヒマがあったら受験指導したら、と内心思っている人も多い。

さて、どうするか。

こういうシーンで必要となるのが、“ガチでのコミュニケーション”である。

本当に受験指導一辺倒でよいのか、何のための高校なのか、目の前の子たちにはもっと伸びる力があるのではないか、といった「そもそも論」を、ぜひ話してみてほしい。