目指せ管理職 学校管理職合格講座 IV(13)子供の幸せのため力を尽くす

eye-catch_1024-768_kyouikukanri教育新聞 教育管理職研究会編

対応に困難を感じる保護者
○貧困、虐待など「子の監護」をしない

学校の保護者は、児童生徒の教育の一部を学校に委託し、共に成長を促す立場である。法的には、児童生徒に対して保護を行う義務がある者である。法律によって保護者の定義は変わるが、一般的には親権者(親)を保護者と考えてよいだろう。

〈貧困・搾取〉

憲法第26条第2項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする」の規定を受け、義務教育では、原則、授業料の徴収はなく、教科書無償給与制度も整っている。また高等学校等就学支援金制度も整備が進み、経済的に困難な家庭には、手厚く支援金が給付されるようになっている。義務教育はもちろん、貧困のために高校での教育を諦める生徒は激減したと思われる。

しかし、教育には授業料や教科書以外にも、給食費、修学旅行の積み立て、教室のエアコン設置・運営費、PTA会費等の納入金が必要であり、家庭の負担になっている例が多い。これらの必要経費を賄うために、社会福祉協議会や銀行などから、教育支援金や奨学金を借り入れる保護者は少なくない。

ところが、定期的に振り込まれる奨学金などを家のローン返済に充ててしまったり、パチンコに費やしてしまったりする保護者がいる。こうして学校徴収金が納入できなくなった生徒は、通学しづらくなり、教育を受けられない上に、奨学金の返済責任のみが残される。監護どころか、義務を果たさず、親自身の快楽や都合のために、子供の未来に負債を与えているのである。

〈虐待・養育放棄〉

母子・父子家庭などのひとり親家庭は、全国で150万世帯ほど存在している。このような世帯では、唯一残された親を事故などで失うと、子供だけが取り残されてしまう事態に陥る。親戚などが親権者になるケースが多いだろうが、親戚にも家庭があったり供がいたりする場合、人間関係を構築するのに、相当の努力が求められる。成人の姉が親権者になったものの、姉の子供の面倒をみている間に姉は夫と2人だけで外食に出たり、姉夫婦と子供たちだけで遊園地に行き、自分はひとり留守番や食費稼ぎのアルバイトに行ったりするなどという現実もある。

さらに、母親が再婚した場合は、義父との間にできた子を優先し、元からの子供を「養育が困難」だとして児相に持ち込むケースもある。義父から性的虐待を受ける事例も少なからずあり、それを母に報告してしまうと、自分と母との関係を壊してしまうのではないかと恐れる子供も多い。時には、そのことに気付きながら、新しい夫との関係悪化を恐れて、子供の保護に回れない母親さえ存在する。

〈過保護・過干渉・無干渉・無保護〉

教育意識が高く、よく学習している保護者は多くなった。一方で「子供が学校に行きたくないならば、無理に行かせなくてもよい」という言葉を過信し、不登校の子供を自分の職場に連れていく保護者や、教員に「自分の子供と接するときは必ず90度の位置に座ってほしい」と、いるべき位置などまで要求する保護者がいる。

まったく逆に、生徒指導の問題があり、夜7時過ぎに電話をしたら、「親は、飲み会で今日は帰ってこない。明日の昼には帰ってきます」と本人(小5)が答えた。慌てて家庭訪問をしたら、小2の妹と2人だけで留守番をしていた。携帯電話に電話を入れると、居酒屋にいた父親が席を立たず、電話先の喧騒の中で生徒指導の報告をしなければならない状況だったという事例もある。

○困っている子供たちのために全力を

全ての保護者は、親権者として「子の監護」をしてくれるはずである。子供に関するさまざまな法律も、その視点で作られたものだと思われる。しかし、昨今はその原則が崩れてしまい、新たな対応が必要な状況が生まれている。とはいうものの、私たちに使えるのは法的手段以外にはないだろうし、それが最も効果的だろう。

子供たちは監護されるべき存在であり、保護者にはその責任がある。監護されていない子供は虐待されていると考えてほぼ間違いない。当然ながら、「虐待されているかもしれない」と教員や学校が判断できれば、通告義務があるのだから、法令に従う必要が生じる(児童虐待の防止等に関する法律第6条)。

前述した「奨学金をパチンコ代に使ってしまう保護者」「養育放棄の親権者」「自己の都合を優先する保護者」には全て、「虐待の可能性がある」と思われる。「通告義務違反に問われること」なので、教師個人の考えではなく「法律に基づき、やむなく通告した」と言えば、保護者との人間関係がこじれる心配は少なくなるだろう。

困った保護者は、さまざまに存在する。学校や教員はもちろん困るのだが、おそらく最も困っているのは、その子供たちである。私たちとしては、困っている子供たちのために、法律や教師としての思いを武器にして、彼らの幸せのために全力を尽くしたい。

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