未来を切り開く教育政策(9) 政策には検証が必要だ

eye-catch_1024-768_t_suzuki_r城西国際大学大学院教授
厚生労働省総合政策参与
鈴木崇弘

政策では、「Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)」のPDCAサイクルを繰り返し、改善していくのが必要だとされる。だが日本では主に政策の評価・検証が行われ、改善されることはほとんどない。

この点について、「ゆとり教育」を例に考えてみたい。同教育は、1980年代からその方向付けが始まるが、平成14年度から施行の学習指導要領に沿って行われた教育とされている。

他方、12年に始まる義務教育の習熟度を測る「生徒の学習到達度調査(PISA)」によって、日本の教育は15年に「世界トップレベルとは言えない状況」と指摘される。18年の同調査で国際的順位はさらに悪化し、「ゆとり教育」は非常に激しい批判を受けた。それを受けて文科省は20年、新しい学習指導要綱により脱「ゆとり教育」へと方向を転じた。実施は23年だがこれを機に、新たな方向に進みだした。

24年の同調査では、日本の国際的順位が軒並み上昇し、脱「ゆとり教育」への方向転換が功を奏したとみられる状況が生まれた。

だが、ここでよく考えたいのは、PISAは日本の教育を評価するための仕組みではないことだ。

「ゆとり教育」導入の前後では、全国の学力・学習調査は行われておらず、「ゆとり教育」が実際に日本の学力を低下させたのか否かを知るデータは、存在していない。

また、15年のPISAで日本の学力のレベルについて厳しい指摘を受けたが、14年開始の「ゆとり教育」の実施後1年で、果たして全国的な学力が低下するようなことが起きるだろうかという疑問や、23年から実施の学習指導要領によって、24年のPISAで日本の学力が急に向上したとは考えにくいという疑問なども浮かんでくる。

実は、これらの疑問に正確に答えられる分析・調査や、データは存在していない。脱「ゆとり教育」の方向が打ち出された際にも、担当者は真摯に考え結論を出したと確信しているが、社会やメディアによる、情緒的な議論や批判等に流された感は否めない。

筆者は、同教育の実施および改定の前後の、学力に関する客観的なデータ・エビデンス等を集め分析・検証し、判断することが必要だったと思う。

日本では検証やデータの評価などに基づいて、政策が判断されることはほぼない。だが、より的確な政策をつくるためにも、また財政難の中で、確実に成果の生まれる政策が必要とされるのを考えても、政策検証は今後さらに重要になろう。