LGBTの児童生徒の学校生活~教員に求められる理解(7)一歩を踏み出す勇気

eye-catch_1024-768_hidaka宝塚大学看護学部教授 日高 庸晴

新しい課題に取り組むことや、学校現場にそれを導入することに躊躇することもあるだろう。あるいは周囲の学校はどうしているのだろうかと、「空気を読みながら」出過ぎないようにと思うこともあるかもしれない。

しかしそのあまり、初めの一歩を歩み出せなくなってしまっていることはないだろうか。最初の踏み出しや、一歩進める際に迷いが生じた時にこそ、誰のための何のための取り組みであるのか、そこに立脚することが求められるのではないだろうか。

これまで膨大な数の先生方とお会いする中で、寄せられた残念な声がある。

・本当に5~8%も、LGBTをはじめとする性的マイノリティの児童生徒がいるのであろうか?

・他の児童生徒に比較して本当にいじめ被害や自傷行為、自殺未遂リスクが高いのであろうか? 調査結果は信用できるものであるのか?

・教室に1~2人は当事者の児童生徒がいることは分かった。だからこそ、授業をするのは難しい。性的指向と性自認の違いすら知らなかった自分の知識量で間違いなく教える自信がなく、当事者の子供を傷つけるようなことを言ってしまったらどうするのか。

・非当事者の児童生徒から、「キモい」などの不規則発言が必ずや出るであろう。教室にいるかもしれない当事者がどれほど傷つくかと思うと、授業の実施は時期尚早ではないか。

先生方はいろいろな可能性と危険性を天秤にかけながら、授業の実施可否、LGBT図書の配架や啓発ポスターを学内に掲示すべきかを思案されることだろう。

1970年代以来の欧米諸外国における調査研究が示唆するように、性的マイノリティの人口規模は既に何度も推定され、いじめ被害など深刻なライフイベントや、それに起因する健康リスクが異常値と思えるほど高率であることが分かっている。これは国内研究においても同様の知見が得られている。

この期に及んで「本当に教室に1~2人いるのであろうか?」と調査結果に異を唱えるのではなく、「1~2人はいる前提で授業や取り組みをする必要性」の認識を持たなければならないであろう。なぜなら、学校で孤立感や自らの存在そのものに対して違和感を感じ、自己肯定感を育むことができないでいる一定数の児童生徒が存在するからである。そして彼らは自身の葛藤のみならず、いじめという攻撃を受け、適切な情報提供・健康教育を受けることもなく、生き残るためのギリギリのコーピング行動として不登校や自傷行為を選びながら懸命に、この状況に耐えているともいえる。

教室で不規則発言があれば、教員は毅然と対処することが必要だ。息を潜めている当事者は、大人が正義ある姿を示すか目を凝らして見ている。自分の味方になってくれる信頼できる教員が校内にいるということを、学齢期初期に知ることは彼らのその後の人生に必ずや役立つであろう。

人の多様性を認め、LGBTの児童生徒が生きづらさを感じることのない、安全な学校環境が構築されるためには、先生方のお一人お一人が勇気を出して一歩を踏み出さなければならない。見て見ぬ振りをせず、勇気を出して取り組みに着手していくという決断を、ぜひしていただきたい。筆者も先生方と共に、教員研修や教材開発を通じながら、状況改善に寄与できればと切に思う。

(研修依頼や相談などは、ホームページをご覧ください)

(おわり)