校長のパフォーマンス(80)サピエンスの想像力

eye-catch_1024-768_takashina-performance教育創造研究センター所長 髙階玲治

人間の歴史を考えると不思議なことばかりである。例えば、アフリカに誕生した人間が4万5千年前にはオーストラリア大陸に住み着くようになった。アメリカ大陸は、もっと後で1万6千年前という。
人間の数は少なかったから、大移動ではなかったはずで、それでもその先に「幸せの土地」が見いだされると、考えたであろうか。大海原に乗り出す勇気はなぜ生まれたのであろうか。

ユヴァル・ノア・ハラルの『サピエンス全史』(上・下 河出書房新社2016)を読むと考えさせられることが多い。ハラルによれば250万年前に石器を持つヒトが出現するが、7万年前に人間の認知革命が起きたという。それは人間が想像力、つまりは虚構の世界を創り出すことができるようになったという意味である。

人間だけが文明を築くことができたのは、虚構を創り出す力によってである。国家や国民、企業や法律、さらには人権や平等までもが虚構の世界である。しかし、虚構こそが見知らぬ人間同士を協力させる力になり得たのである。大海原の先に何があるかを共有できたとき、船で乗り出す勇気が生まれる。

ともあれサピエンスが想像力を獲得したことで、飛躍的に世界の広がりを創り出すことができたのは確かである。われわれが当たり前と考えている現実は、想像力によって成り立っているといえる。

そして今、人々の想像力はどうであろうか。実のところ、最近の発明家の多くは「今はないものを創ろう」と励んでいるようにみえる。卑近な例でいえば、ケータイもスマホも十数年前はみられなかったものである。これからどのような形のものが出現するか、想像力の力は限りなく広がるように思える。

しかし、想像力は発明家のみの特権ではない。われわれの社会生活の至るところに想像力を必要とする事象が充ち満ちている。ただ、多くの場合、慣れ親しんでいる世界に安住して、想像力を眠らせているのではないかと思える。

子供の学びについてもそうである。「問い」には必ず決まった「答え」がある、と教える。答えが多様に見いだす問題を考えさせる虚構の世界が不足している。

それ以上に課題なのは、想像力を教える場や時間が極めて少ないという実態である。想像力をどう教えるか、という肝心のことすら明確ではない。想像力育成の手立てを教師が自ら創り出すしかない。

今後、AIやIoTなどが新たな世界を多様に構築する。それに対して個人の持つ生きるすべは想像力が補うことで豊かな力を発揮できると考える。想像力という人間の持つ根源的な力を磨く努力が、これから大いに必要になる。アインシュタインは「想像力は知識よりも大切だ」という言葉を残している。

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