「成長の授業」を創る―菊池実践11の柱―(8)ディベートで「観」の変換を

eye-catch_1024-768_kikuchi教育実践研究家(元小学校教員)菊池省三

講演会やセミナーで、私の学級の話し合いの様子を映像でお見せすると、多くの先生方はその白熱した激しさに驚かれる。

その後に、「私の指導する話し合いは、ディベート的ですから」とよく説明する。お互いの主張を厳しく検証し合う子供たちの姿の背景には、それまでのディベート指導があるのである。

今でこそ、「主体的・対話的で深い学び」と言われるが、私は20年以上も前から、ディベート指導を核とした対話的な学びを実践してきている。子供たちの学びをより対話的にするために、ディベート指導は欠かせないと考えている。「菊池実践」の話し合いは、ディベートがポイントなのである。

「成長の授業」を創る8ディベートは、(1)根拠を伴った意見を述べ合う(2)互いの意見を質問し合って明確にし合う(3)相手の意見に対して反論を述べ合う(4)審判が客観的に判定を行う――という話し合いである。

子供たちはディベートを体験すると、かみ合った議論の楽しさを具体的な体験を通して実感する。単発的に意見を述べ合うだけの今までの話し合いとの違いに気付き、新たな気付きや発見が生まれるという、話し合いの持つ本来の価値に気付いていくのである。

確実に子供たちの話し合う力は飛躍的に伸びる。

ディベート指導の効果は、話し合う力が伸びるだけではなく、その場の空気で動くのではない健全な個が育ち、そのような個が集まった望ましい集団へと学級を成長していかせるということにも、ふれておきたい。

その理由は、ディベートの持つルールが、「人と意見を区別する」「根拠を伴った意見を比較し合う」「反論し合うことで互いの主張を成長させ合う」といった、社会に生きる人間として必要な考え続ける力も育てることができるからである。

また、ディベートは、単なる学び方の一つの手法ではない、ということも私は強く主張したい。

ディベートの持つ授業観は、従来の教師主導の一斉指導の授業観と対極をなすものだと考えている。知識重視の授業観ではなく、変容(価値判断の質の高まり)重視の授業観に支えられているのが、ディベートの持つ授業観だと判断しているのである。

現在、われわれ教師の「観」の変換が強く求められている。知識を一方的に教え込むのではなく、主体的な学び手を育てる指導の考え方や在り方が求められている。

ディベートは、その「観」の変換を明確に教えてくれるのである。

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