「学び」とは何か― 認知科学からの視座 ― (3) 「思い込み」で行間を埋める

eye-catch_1024-768_imai_fin慶應義塾大学教授 今井 むつみ

全く経験のない新しいことを学ぶのは難しい。特に最初の頃は苦労する。どうしてなのか。

テキストや講義を理解し、内容を記憶するためには、「スキーマ」という常識的知識で行間を埋めていく必要がある。スキーマは、あることを理解するための枠組みを与える。例えば、中3が体育館の壇上で、修学旅行の思い出を語る文章の中に「言葉に詰まって、壇上で立ち尽くした」と書いてあったとしよう。特にそれ以上の解説がなくても、私たちは、なぜその生徒が言葉に詰まって立ち尽くしたのか分かる。「修学旅行」や「卒業式」というスキーマがあるからだ。それがなければ、生徒がなぜ壇上にいるのか、なぜ修学旅行の話をしながら言葉を失い、立ち尽くしたのか、全く分からないだろう。

大学の授業で、学生に文章を読み上げ、後から記憶テストをするから集中して聞くようにと指示し、読み上げ直後に文章をできるだけ正確に思い出すよう求めた。

「すべては電流が安定して流れるか否かにかかっている。電線の途中が切れても問題が起こるだろう。もちろん男は大声で叫ぶことができる。しかし人の声はそんなに遠くまで届くほど大きくはない。もう一つの問題は、楽器の弦が切れるのではないかということだ。そうなったら、伴奏無しで歌わなければならない」

短い文章だが、学生たちはほとんど思い出せなかった。そもそも理解できなかったのだ。文に使われている単語は知っているから、文そのものの意味は理解できる。しかし、どのようなスキーマを使ったら良いか分からず、行間を埋めることができなかったのである。ちなみに「真夜中のセレナーデ」というタイトルとその情景の絵を見せると、記憶は格段に向上した。

授業を受ける子供に置き換えてみよう。教科書に書かれている内容は、いかに分かりやすい文章で書いてあっても、内容に関するスキーマがないと理解が困難になる。先生たちは、こんなに分かりやすい言い方で何度も繰り返し説明しているのに、なぜ「覚えない」のか、と嘆く。そのときに、次の三つを疑ってみてほしい。(1)子供が内容を理解するためのスキーマを持っていないのではないか(2)スキーマは持っているけれど、ここでそれを使えることが分からないのではないか(3)子供が誤ったスキーマを持っているため、書いてあること、先生に聞いたことをゆがめて理解しているのではないか――。(3)の可能性については、次回でさらに掘り下げていく。

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