「学び」とは何か― 認知科学からの視座 ― (6)批判的思考

eye-catch_1024-768_imai_fin慶應義塾大学教授 今井 むつみ

批判的思考という言葉が、この頃の教育現場のキーワードの一つになっている。しかし、この言葉の意味は使う人によってかなり異なる印象を受ける。

批判的思考というのは、英語ではargueという動詞と表裏一体の関係にある。この言葉は、よく「主張する」と訳される。「主張」というと「自分の意見を強硬に主張する」のように、他の意見に耳を傾けず、自分の意見を押し通そうとするイメージがある。しかし、本来argueは、ある考えについて、その正当性を打ち立てるために証拠を積み上げ、論理を構築していく思考を意味するのである。

批判的思考はまた、好き嫌いや思い込みに縛られない判断という印象を持つ人も多い。これは正しい。証拠を積み重ねて論理を構築していく思考過程は、感情や思い込みとは対極にあるものである。しかし、言うは易し、実際には、これは非常に難しいことである。

これまでも述べてきたように、人間はスキーマによって取捨選択された情報のみに注目し、注目された情報のみが記憶に残る。自分の考えが正しいことを証明したいという感情は、スキーマにかぶさり、スキーマによる情報の取捨選択を強化する。人間の思考は本来的には自分の考えや信念を強化する方向に働き、それを崩すのはとても難しいのである。

ケプラーは、惑星が太陽の周りを楕円の一定周期で回っていることを発見した。その当時は二つの理論が対立していた。標準理論として、まだ天動説を信じる人がほとんどであったが、コペルニクスがケプラーに先んじて提唱した地動説に注目する科学者たちもいた。ただ、コペルニクスは、地球が太陽の周りを、「楕円ではなく」円周期で回っていると考えていた。

ケプラーは、先輩の天文学者、ティコ・ブラーエの集めたデータを使い、どちらが正しいか突き止めようとした。ブラーエ自身は、膨大かつ正確な観測データを持ちながらも、天動説を信じていたので、天動説と合わない現象を、データの観測誤差と考え、天動説を主張し続けた。

しかし、ケプラーはデータが現象と合わないところから、その当時の二つの理論がどちらも誤りであることを見抜き、ありとあらゆる可能性を吟味した上で、地球が太陽の周りを楕円周期で回っていることを発見したのである。

一流の科学者でさえ、自分のスキーマを壊すことは容易ではない。自分の考えを振り返り、そこに穴がないかを常に考える習慣は、科学者になったから身に付くわけではなく、子供のときから日常的に習慣付けてこそ、身に付くものなのである。