自分にしかできないスクールリーダーになるために(8)正しい期待とは何かを考える

eye-catch_1024-768_nakatake日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター(株)チームボックス代表取締役 中竹 竜二


子供たちに掛ける期待、皆さん、たくさんお持ちだと思います。とても大きな期待を寄せている場合もあれば、中には期待を掛け過ぎてがっかりし、もうあまり期待していない、ということもあるかもしれません。

しかし、期待というのは、適切に掛けることによって子供たちの成長の具合を大きく変える可能性がある、とても重要なことなのです。

まず、そもそも「期待」とは何かを定義してみたいと思います。実は、多くの方が「期待」を、「要望」や「強制」といったものと間違えて理解しているように思えます。

例えば、「期待しているから頑張ってね」とか「あなたに本当に期待していたのに」というような言葉。これは、読んで字のごとく「期して待つ」という「期待」の定義からいえば、少し異なります。期待される本人にとっては、「期待しているのに」などといった言葉は、プレッシャーにしかなりません。

本人にはそれと触れずに、ただ待ち続けるような行為を本来は「期待」と言っています。

では、正しい期待とはなんでしょうか。大切なのは、「その本人がどうなりたいか、何をしたいか」ということです。他者や周りの人間がその人にこうなってほしい、これをしてほしいと願うことは、実は期待ではなく、先ほど言ったように要望や強制になってしまいます。目の前にいる子供たちにきちんと問い掛け、本人が何を望んでいるか、どうなりたいかを聞き出してみてください。

一番の問題は、本人が望む方向性と、親や教師など周りにいる人たちの期待とのミスマッチが頻繁に起きていることです。よかれと思って掛けている期待が、もしかしたら子供たちにプレッシャーを与え、やる気をなくす方向に向かわせているかもしれません。

期待を掛ける前提として、その期待が正しいかどうかをすり合わせるための対話を多く持ってみてください。期待のミスマッチをなくす行為は、対話することでしか生まれません。

もしも、本人にやりたいことや方向性が見えていない場合は、できる限り多くの選択肢を見せてあげましょう。大人の主観と優先順位に沿っただけの、限られた選択肢しか見せていなければ、子供は限られた人生しか生きられなくなります。

学校の進路や職業、触れ合う仲間にしろ、大人がいったん自分の考えをゼロにして、数多くの選択肢を用意し、そこから自由に選ばせる対話を始めていきましょう。

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