変容する生徒指導―模索する学校現場―(9)校則と学校を縛る評価のまなざし

修正_eye-catch_yoshida弘前大学准教授 吉田 美穂

話題になった銀座の小学校の「アルマーニの制服」と、黒髪強要など高校の「ブラック校則」には、ある共通した背景が存在する。外から学校に向けられる評価のまなざしだ。

細かい頭髪規定がなく比較的自由だった首都圏のある高校は、2010年代に入って、地毛申請・髪色チェック・違反時の黒染め指導を行うようになった。教員にとって生徒との摩擦を招く、負担感のある指導が決断された背景には、受験倍率への懸念があった。髪色の明るい生徒の多い校風が近隣から歓迎されず、受験生集めにマイナスなのではないかという判断が働いたのだ。

90年代の「特色ある学校づくり」政策以降、高校は常に競争を意識させられている。一方の「アルマーニ制服」は小学校の事例だが、多くの児童が学区外から選択して通学する同校の状況が、校長に「特徴を出して選ばれ続ける学校でなければならない」というプレッシャーを与えていた可能性は十分考えられる。外からの評価のまなざしが、学校現場を息苦しくしている面がある。

外からの評価のまなざしに敏感な傾向が、生徒の学ぶ権利よりも優先されてしまうのが、妊娠の事例である。16年に、京都府立朱雀高校が妊娠した生徒に体育の実技や休学を求め話題となったが、私も、ある高校長が「辞めてもらわざるを得ない。地域の目があるから」と語るのを聞いた経験がある。

この3月に発表された文科省の初の実態調査によると、妊娠した場合、約3割が自主退学、そのうち1・5%は学校の勧めによって退学していた。十代の有配偶離婚率は81・8%(2015)と高く、高卒学歴が就職においても重要な日本において、乳幼児を抱えた高校中退女性が貧困に陥る可能性は高い。文科省は、安易な退学勧告を行わないよう都道府県教委に通知を出した。生徒指導は、学校の体面より生徒の学ぶ権利を根底に置き発想されるべきだ。

現在「ブラック校則」と批判されているものは、合理性や必要性が説明できないか、説明しても多くの関係者の合意が得られないであろうもの、が多いと考えられる。

学校では、校則は「ルールはルール」として「不公平」がないよう一律に指導することに熱意が注がれがちだ。違反生徒の髪を切る「行き過ぎた」指導も生じる。教育の場であるからこそ、教員には、威圧感や強制力ではなく、人権感覚と「なぜその校則が子供の学びや成長にとって必要なのか」を語る言葉の力が求められるし、校則の決定に当たっては、学校の外の評判ではなく、当事者である生徒や保護者の声を反映し、合意を得るプロセスが大切にされなければならないだろう。

※有配偶離婚率データ(2015年、国立社会保障・人口問題研究所 人口統計資料集)