AI時代の学校教育と教師に求められる資質能力(1)人間の幸福をどのように広げるか

eye-catch_1024-768_matsuda_fin東京学芸大学副学長 松田 恵示

AI(人工知能)が確実に広がるこれからの学校は、一体どのように変わっていくのだろうか。また、そのような時代に、教師には何をすることが求められるのだろうか。

冒頭から恐縮だが、実は、私は人工知能研究の専門家ではない。身体や遊びを視点として、人間や社会や教育について社会学をベースに考えるのが本職である。けれども、AIがもたらす社会の変化とこれからの教育の在り方を考える機会に、本当に多く恵まれてきた。

2016年には、㈱リクルートマーケッティングパトナーズとAI時代の教育や社会の在り方をめぐって共同研究をスタートさせた。また、文部科学省に現在、申請中の日本初の先端的な教育学研究科(大学院)構想づくりに、ここ1年間は没頭していた。これは19年4月の開設を目指している。

新たに始まる今回の連載では、これまでにまとめてきたことを礎にして読者の方々がAIについて考える際のナビゲーター役を果たせたらと思っている。

AIをイメージするとき、「人間のようなロボット」が思い浮かべられる。「ドラえもん」はその代表例だし、「人間のような」という部分が、逆に人間を超えた機械であるが故に、人間は将来AIに支配されるのではないかといったイメージを持つことになる。

そもそもAIとは「人間のような知能」、つまり、抽象的な思考をしたり、学習したり、状況に対応したり、定義したり、情報を処理したりするといった、人間のような判断ができる一連の技術を指している。いわば知能が身体の外にもう一つ存在している(外部化)状況である。そうすると、自分の知能を使わなくてもAIに判断を任せることができたり、あるいは実際に人間がいなくても、「人間のような判断」に基づいたサービスを受けられたりするといったことになる。

自動車がAI技術によって自動運転できるようになると、運転時に使う知能を外部に委ねられることになるから、そこで生じた「余力」を、どのように使うのかという問いも生まれる。つまり、AI時代とは、このような身体の外にあるもう一つの知能が使える時代であり、そのような「with AI」の社会が、人間の幸福をどのように広げるのかを考えることが教育に求められるであろう。

先の産学共同研究では、この点を「Education with AI=EDUAI」と造語にして表してみた。次からはEDUAIの在り方について、AIの利活用で教育はどう変わるのか、AI時代には何を教育する必要があるのかという二つの点から少し考えてみたい。