AI時代の学校教育と教師に求められる資質能力(5)生きることを面白くする力に注目

eye-catch_1024-768_matsuda_fin東京学芸大学副学長 松田 恵示

AIの利活用で教育がどのように変わる可能性があるのか――。これまで、その一端を見てきた。今回は視点を変え、このような「with AI」の社会では子供たちはこれから何を学ぶ必要があるのか――という点について考えてみたい。

AIを特徴づける主要な要素の一つは、学習する事柄を機械自らが見つけ出して、ルールや法則を探り出す「深層学習」という方法であった。前回も述べたように、2012年に画像認識のコンテストでカナダの研究者が開発した仕組みが圧倒的な成果を残したことにより、それまでの積み重ねに弾みがつき急速に広がった新しい技術である。しかし、この技術の発展に関する予測と、それが社会に与えるインパクトは計り知れないほどの大きさを持っていることは、ここまでの教育への利活用からも想像できる。

AIの利活用が進む「with AI」の社会への転換期において、教育には何が求められるのだろうか。連載の冒頭で紹介した「Education with AI=EDUAI」という産学共同のプロジェクトでは、この問いに対して、第一に「生きることを面白くすることのできる人間の育成」を挙げている。

AIは、課題解決に関して言うと、おそらく人間の知能を超えて最適な解を導くことができる技術である。すでに将棋では、名人を打ち負かしている。しかし、そもそも何を「課題」とするのかという問題、つまり「課題」を設定することは難しい。何を問題として捉え、何を解決しようとするのか、このような判断は苦手である。

この意味でAIには、意志をもって行われる「価値」の選択や創造はできない。例えば「愛」「美」「豊かさ」「幸福」といった価値に関わる問題である。これは、AIという革新的な技術が広がる社会になればなるほど、逆に価値を創造できる人間の育成の大切さを示す。言い換えると「生きることを面白くすることができる人間」が求められるのではないかという観点である。

価値の創造とは「面白くなる」のではなく、「面白くする」という主体的で積極的な態度をうちに含む言葉である。あるいは「好奇心」と呼ばれる心の原動力を蓄えることから始まる言葉でもある。「ホモ・ルーデンス」という書を著したヨハン・ホイジンガという歴史学者も、「面白い」ということこそが源になって人間の文化が生み出されたと指摘するとともに、「面白さ」を創り出そうとするときに人間は最も自由で主体的であるとも述べている。

学習指導要領にも見られる「生きる力」という言葉は、英語では”zest for living”(生きる喜び)と表される。AI時代の「生きる力」とは「失敗を楽しめること」「チカラを抜くこと」「共感すること」「熟考すること」「論理的に考えられること」「納得して行動すること」など、まさにその言葉通り「生きることを面白くする力」のことであろう。

道具的教育観の「生きるための力」から目的的教育観の「生きることを面白くする力」へ、その基盤を再構築することからAI時代の教育を始める必要がある。