校長のパフォーマンス(88)孤独に陥る教師の課題

eye-catch_1024-768_takashina-performance教育創造研究センター所長 髙階玲治

今年の1月、英国に孤独担当大臣が新設されたのを知っているであろうか。極右過激派に殺害された労働党のコックスの遺志をついで、メイ首相が新設したものであるが、英国では900万人がいつも孤独を感じて、中でも月に一度も友人や家族と会話していない高齢者は3割以上というデータがある。「孤独は人の肉体的、精神的健康を損なう」といい、それは肥満や1日15本の喫煙よりも有害だといわれる。経済的・社会的損失も大きいとされる。

わが国でも他人事ではなくなっている。

ところで最近、学校内における教員の孤独が強まっていないだろうか。

周知のように教育職員の「精神疾患による休職者」の増加傾向がみられる。文科省のデータによると1996年は1385人だった。そこから急激に増加し始めて2009年には5458人になる。4倍近くはねあがっている。最近はやや減少しているが、5千人前後に高止まりしているだけで依然として多い。休職者予備軍もまたかなり多く存在するのではないか。この20年間、教師の職務はかなりきつくなってきたと言える。仕事量のみが増加しつづけているが、人は増えない。教員のストレスがたまる一方である。

ところで精神疾患について、その前兆に「孤独」の状況に陥るという傾向がある。

特に教員は閉ざされた教室内で子供が反抗的になったり、授業が展開しなくなったりすることがある。回復しようと努力するが、学級内の荒れは容易に治まらない。

そのことで教室の荒れの責任は自分だと考え、だれにも相談できずに心理的に閉じこもる。さらに教室内の出来事は他の教員に気づかれず、手をさしのべてくれる者もいない。

だが、教員の孤独は指導がうまくいかない場合のみではない。最近の教師は残業が多いように、授業や成績処理のほかに雑多な仕事に取り巻かれている。その処理は独りでこなすだけで他の手助けが求められない。他の教員も同様な課題を抱えて黙々と残業している。「孤独」を生み出しやすい環境が最近の学校である。学校に「孤独」に陥りそうな教員はいないであろうか。

そこで校長の役割がある。それは端的に言えば、校内の雰囲気として教員の相互交流をできるだけ高めることである。まとまりのよい校内組織と言ってよい。

その基本は、誰もが同僚として相互に関心を持ち合うことである。支え合う組織と言ってもよい。特に身近な学年内であれば、相互援助、相互啓発は重要である。

過度の多忙化は、教員個々を孤独にする。一方では多忙化解消の手立てを模索しながら、他方では校内の相互交流を高める工夫を積極的に進めることが大切である。教員個々の健康な生活を維持するためにも。