カリキュラム・マネジメントとは何か?(8)カリキュラム・マネジメント三つの側面

上越教育大学教職大学院教授 西川純

連載の最初に述べたように「カリキュラム・マネジメントとは何か」の正解を探すのは無駄です。正解などありません。

一人一人が自分のカリキュラム・マネジメントを想像する必要があります。私はカリキュラム・マネジメントとは、子供と教師の一生涯の幸せを保証するため、教師集団がアクティブ・ラーニングをすることであると考えています。それは答申の中にもあります。

現学習指導要領の背景になっている中教審答申にも、カリキュラム・マネジメントについて書かれています。しかし、その扱いは極めて軽いものです。書かれているのはPDCAサイクルのことだけです。

今回の答申には、PDCAサイクルの他に、「各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校の教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと」と「教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に組み合わせること」の二つが加わっています。ここに今回の答申の肝があると私は思っています。

先に述べたように今回の答申を「なぜするの」の視点に立てる教師は多くありません。中学校、高校は教科縦割りです。従って、その視点に立てる教師が国語の教師であったとしたら、国語の教師には広がりますが、他教科に広がりません。

「なぜするの」の視点に立てば、話し合い活動を多少増やす程度では、追い付かないのは自明です。教育活動全般に広げなければなりません。小学校の算数で実践し始めたら、他教科に広げる必要があります。それ故に教科横断的でなければならないのです。

中高校には、学年団があります。そこでは進路や生徒指導で協働的仕事をしています。もし教科指導で教科横断的になれたなら教師集団の協働性は高まり、救われる教師の数が多くなります。

単に「国語を教える、理科を教える」のであれば学校の中で完結できます。しかし、子供たちの一生涯を考えるならば、地域に開かれたカリキュラムが必要になるのは自明です。

詳しくは『子どもを軸にしたカリキュラム・マネジメント』(明治図書出版)、『「学び合い」で始めるカリキュラム・マネジメント』(東洋館出版社)をご覧ください。

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