これからの医療的ケア ―実態と課題から捉える(6)学習機会の拡充(1)

東京都立光明学園統括校長 田村 康二朗

東京都では1969年、横浜市と時を同じくして障害で通学が困難な児童生徒への訪問教育を開始した。都は74年から、養護学校への希望者全員入学も開始している。

重度の障害がある児童生徒の在籍者が増える中、各養護学校にはたんの吸引器が備えられるようになった。そうした医療的ケアが必要な児童生徒の対応は、原則として保護者が当たることになっていた。

大阪府は、平成(1989年)に入って医療が必要な児童生徒の増加に伴い、「医療との連携のあり方に関する検討委員会」を設置。たんの吸引などは「医療行為」ではなく「医療的ケア」だとの立場を取り、医療的ケアが必要な児童生徒の入学を進めてきた。90年には、横浜市も「障害児生理管理検討委員会」を発足させ、検討を進めた。

学校で子供に付き添う保護者

97年には、宮城県が訪問看護婦を学校に派遣する「要医療行為通学児童生徒支援事業」を開始。「訪問看護婦制度」を利用して、学校の医療的ケアを代行する取り組みを始めた。当時、医療的ケアは大都市圏を中心にした課題だと考えられていた。しかし、調査を進めていく中で、国内全域の課題だと明らかになっていった。

94年時点で、国は「学校の医療行為は医師や看護婦が行うべき」との判断を示していた。医療的ケアが必要な児童生徒が年々増加する中、各地の先駆的な実践や提言・報告書などの動きを受けて、当時の文部省は厚生省と連携して、医療的ケアに関する調査・研究を98年から開始した。

その後、保護者の送迎と付き添いの条件の下で、医療的ケアが必要な児童生徒の通学籍への入学が認められた。ただ、保護者は、授業中も教室に待機し、必要に応じて吸引する必要があった。

5~10分ごとといった頻繁な吸引が必要な児童生徒の場合、保護者は、「夜間、眠らずに子供の吸引をやっているのに、学校でもやらなければならない」という大変さが付いて回った。

その大変さを押して子供に付き添う保護者の心中には、わが子に学校という集団教育の場を経験させたいとの思いや、日々の授業の積み上げによる成長の期待があった。

こうした中、保護者や教職員の間に、24時間、家庭と学校の全ての場面で、保護者が傍らにいつも付き添うのが、果たして自立と社会参加を目指す特別支援学校教育のあるべき姿なのかという疑問が広がっていった。しかし、当時は打開策と言えるものが見いだせていなかった。