高校ALのタネ ― アクティブな学びを育てる学校経営論(2)カードシステム学習法

茨城県立並木中等教育学校校長・中島博司

「知的生産の技術」(岩波新書)という本に出合ったのは1976年だった。当時、高校2年生だった私は梅棹忠夫博士が著したこの本の内容に感銘を受けた。60年代に書かれた本だが、学問の方法論としての発想と先進性は今見ても驚くべきものが多い。

特に著書の中で紹介されていた川喜田二郎教授のKJ法や、カードを使った勉強に強く影響を受けた。進学した筑波大学では考古学を専攻し、KJ法や「京大型カード」を応用して、縄文時代の貝塚の研究に取り組んだ。在学中には川喜田教授本人の講義を受講することもできた。

夢だった高校教師になるための教員採用試験の勉強で、私は名刺大のカードの使用を思い付いた。専門教科の世界史では、1カード1項目の原則で参考書の内容を全てカード化した。そのカードを机上に並べたり、ボードにぶら下げたりして、世界史の時間軸と空間軸を立体的に把握するよう努めた。

教職教養も過去問をカード化して勉強した。コンピューターがまだ一般的ではない時代だったが、振り返ればデータベースの発想で、分類と集積をしながら勉強していたことになる。

その勉強法をベースに、最初の赴任校である茨城県立麻生高校で「カードシステム学習法」を考案した。名刺大の紙に4ミリ方眼の記入欄を設置。タイトルや日付などを書き込めるようにした「HNカード」をデザインし、印刷所で作ってもらった。

教員2年目にしては、思い切ったことをやっていたと思う。しかし、ある研究会でこの学習法を発表したところ、その場にいた大学教員から「面白いがシステムが複雑過ぎる」「オリジナルカードではなく汎用(はんよう)性のあるものがよい」という指摘を受けた。実際にこの「カードシステム学習法」を受験勉強に取り入れた生徒は数人だった。

今思うと私は幼い頃からボードゲームを自作するなど、いろいろ工夫することが好きな少年だった。その少年が成長し、「知的生産の技術」との出会いによって、勉強法や学習法の工夫に関心が芽生えたのである。

「カードシステム学習法」は、オリジナルカードを作ることに力を注ぎ過ぎてしまい、普及には至らなかった。先をしっかり読む必要性を学んだ。特に、勉強法や学習法は、生徒が使いやすいものでなければならないと感じた。ともあれ、20代前半の中島教諭は、学習方法論に興味を持っていたことは事実である。これが、「エピソード1」である。

そして、2校目の学校で、中島教諭はとんでもないものを開発することになる。「スーパー日本史ノート」である。それでは「エピソード2」をお楽しみに。

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