ダークペダゴジー ― 教師をむしばむ負の指導法(2)安易な公開叱責を避ける

東京電機大学助教 山本 宏樹

まず、ダークペダゴジーの例をいくつか挙げたい。代表例の一つと言えるのが、衆人環視の状況で教育対象者の非を責める「公開叱責(しっせき)」である。中でも、公開の場で子供に強い恥辱を与える人格攻撃や謝罪要求は、俗に「公開処刑」と呼ばれて恐れられている。

評論家の荻上チキ氏らが今年2月に実施した調査によると、中高生の頃に「教師から人前で強く叱責された経験がある」と答えた10代の割合は、中学校時代で11.4%、高校時代で13.3%に上っている(「ブラック校則」荻上チキ・内田良編著、東洋館出版社)。

時には、学級委員や部長のような責任者、道化キャラ、いじめられがちな生徒を選んで「見せしめ」の叱責が加えられる場合もある。

例えば、2000年に埼玉県で起きた中学2年生の自死事件では、生徒が生徒会の役職者にもかかわらず、校内で休み時間中、チューイングキャンデーを食べたことなどの指導として、保護者を召喚し、生徒に臨時学年集会で決意表明するよう要求した。そのことが、生徒の自死の要因になったとみられている。

このように一部の生徒を「見せしめ」のために「血祭り」に上げることで、共同体のルールを再確認して集団の結束を強める。この方法を、社会心理学では、スケープゴーティング(いけにえのヤギ)と呼ぶ。原始的な恐怖支配術である。

教員経験者が出版する教師のハウツー本の中には、これらの手法を「効果的な教育方法」として推奨する場合がある。

確かに、公開叱責は、社会的学習理論で指摘されている通り、叱られる本人だけでなく、叱られている場面を目撃した周囲の子供の問題行動を抑制する効果も期待される。

しかし、社会学者の土井隆義・筑波大学教授が言うように、現代の子供は、他者からの肯定的評価を渇望しながら、不安定な関係の中の「友達地獄」を生きている場合も少なくない。

そうした場での「公開叱責」は、叱られる本人だけでなく、叱られる場面を目撃する生徒にも想像以上の苦痛や不安を与える。「悪者には何をしてもよい」という偏った倫理観が刷り込まれる問題も考えられる。そして、発達障害に起因する遅刻や忘れ物などには効果が乏しいようだ。

国立教育政策研究所が2006年に出した「生徒指導体制の在り方についての調査研究」の報告書では、懲戒の際の配慮すべき点として「感情的であったり、他の子ども達への見せしめであるような処分ではないこと」と明記されている。

子どもの権利条約第28条第2項の「学校規律における子どもの尊厳の保護」に違反する可能性もある。安易な「公開叱責」は避けるべきだろう。

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