肢体不自由生徒の観点から見る~高校の特別支援教育(10)障害理解が世界を変える

横浜国立大学教育学部博士・高野陽介

連載では、施設・設備面、授業内容・成績評価、日常的な介助者、進路指導などのさまざまな観点から、肢体不自由の生徒が高校生活を送る上での改善点を指摘してきた。これらを包括する重要な課題に、当事者と学校関係者による「障害理解」の必要性が挙げられる。

高校に進学した肢体不自由の生徒とその保護者の110世帯に質問紙調査をした。肢体不自由の生徒は「できることとできないことがあることをクラスメートに理解してほしい」「障害に対する知識や支援の仕方を学んでほしい」といった意見を多く述べている。友人・対人関係で問題や悩みを抱える要因の一つに、他生徒の障害への理解不足が大きいと考えている。

保護者が求める障害への理解の形もさまざまだ。肢体不自由の生徒の対応について、「できない部分を配慮してもらえず、他の子と同じを求められる」という意見があった。一方で「過剰な関わりや配慮があったので、できる限り健常な生徒と同様に接してほしい」という意見も見られた。

理解を求める内容が個々、質的量的にも異なり、多様性がある点も示された。

学校側も肢体不自由のある生徒と保護者に理解を求めていることがある。特に保護者に対しては、「高校側で対応できることとできないことがある。何かしてもらって当たり前という意識ではなく、困ったことがあれば可能な限り協力してほしい」と述べている。「合理的配慮をまるで権利のように振りかざす例もある」といった意見もある。生徒と保護者側からの過度な支援要望や対話が成立しない一方的な主張により、対応に苦慮する現状も指摘された。

「インクルーシブ教育の推進」や「ノーマライゼーション」といった正論だけで人は快く支援をしない。生徒や保護者の高校進学への強い意志や心の在り方への共感があって、協力や支援の意識は高まる。

肢体不自由の生徒の要望は、学校側が可能な限り対応を求められる。しかし、生徒と保護者も学校側の状況を理解し、可能な限り協力して共同的に生徒の学校生活を支える姿勢は求められる。

肢体不自由の生徒がいるクラスで育まれる「障害理解」や「相互理解」は、やがて地域や社会全体に広がり、自治体や学校を変えていく。それが、企業が行う障害者への基礎的な環境整備や合理的配慮、国の施策の在り方をも緩やかに確実に変えるのではないか。

(おわり)