ダークペダゴジー ― 教師をむしばむ負の指導法(5) しごき稽古の問題点

東京電機大学助教 山本 宏樹

日本社会の至る所で「しごき稽古」が用いられている。野球の「千本ノック」やバレーボールの「ワンマンレシーブ」のように、非常に強い身体的負荷の掛かる動作を延々と繰り返す特訓。寝る時間がないほどの宿題を課す「スパルタ学習法」。宿泊型の新人研修で泣くほどの人格否定をする「ブラック新人研修」などだ。限界を超えた練習を課し、平手打ちなどの身体的暴力を加えることなどもある。

スポーツや受験勉強、礼儀作法を学ぶ際に「下手をすると殴られる」という緊張感の中、必死に努力して熟達を遂げるケースは確かに存在するだろう。暴力から身を守ること以外考えられなくなり、目標達成に向けて必死に努力する。すると、それなりの「成果」が出やすくなる。これにより、「結果オーライ」で正当化されがちである。

戦場の兵士のように、長期間にわたって痛みや恐怖、緊張にさらされて「度胸」が身に付く場合があるかもしれない。心身に強い負荷が掛かる訓練をし続けると、疲労や苦痛、恐怖を和らげるための脳内麻薬が大量に放出される。すると、これまでの限界を超えた活動が可能になる場合がある。指導者のちょっとした優しさに感動しやすくなったり、訓練後に強い充実感を感じたりすることも起こる。これらは、カルト教団が信者を洗脳する際によく使う手法である。

そうした「成果」の陰で見過ごされている問題も多い。無理な指導で心身を壊したり、指導についていけず戦力外通告を受けたりする人もいる。指導に理不尽さを感じて離脱する人も出る。戦地から帰還した兵士の犯罪率や自殺率は高い。暴力的指導に耐え切った人の中にも心身に一生残る傷を受ける者が現れる。

しごきをくぐり抜けて名誉あるポジションを獲得した成功者だけを見ると、しごき指導の「成果」は出ていると見えるかもしれない。ただ、その陰には、多くの犠牲が隠されている。

暴力的指導者は「これこそが教育」と自負するが、実際には「選抜」の機能を果たしている部分が大きいのだ。心理学ではこれを「生存者バイアス」と言う。思い通りに育たなかったケースは本人の努力不足のせいにして、うまくいった部分だけを自分の手柄にするのはフェアではない。

「途中で逃げ出すような者は意気地がない、足手まといだ」と言うかもしれないが、途中でやめることは勇気が必要だ。仮に、意気地がないとしても、そういう者をしっかりと成長させるのが真の教育者であろう。

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