ダークペダゴジー ― 教師をむしばむ負の指導法(6)追い込み指導

東京電機大学助教 山本 宏樹

「しごき稽古」と類似したダークペダゴジーとして「追い込み指導」が挙げられる。努力不足の叱責(しっせき)、スタメン外しや退部、退学などの不利益な処遇をちらつかせ、被教育者を窮地に追い込み、苦境を脱するための試行錯誤を通じて成長させようとするものである。

今年5月に起きた日本大学アメフット部の選手による危険タックルはその最たる例だ。「相手チームの選手をつぶせ」と言う監督やコーチの指示に従って危険なタックルをし、相手選手を負傷させた。

加害選手は試合や練習への参加を禁じられたばかりか、日本代表チームへの参加を辞退するよう命じられた。選手生命を脅かされる指導を受けたことで精神的に追い詰められ、指示を拒否できなかったという。粗雑な「追い込み指導」は「獅子の子落とし」のように一律に過酷な試練を課し、自己学習で生き残った人だけを厚遇する選抜的要素の強い指導法である。教育効果の有無が発揮されるかどうかは被教育者次第となる。

一方、教育技術として卓越化された「追い込み指導」は、破綻しない限界の近くまで被教育者を追い込んだ後、マッチポンプ的に手厚く慰労することで関係を修復する。努力の成果と努力を認めた教師への感謝を生徒側の手元に残して、大団円にする形が目指されていく。

このように「追い込み指導」は、手続的な危害性と帰結的な破綻リスクをはらんだダークペダゴジーだが、スポーツや芸術活動、生徒指導のような知識教授による上達や修練が困難な領域では、いまだに一般的に使われている。特に、指導者側が成果を出す必要性に迫られていたり、手荒な指導で教育的失敗の責任が被教育者側の「出来の悪さ」に帰責されたりしている風土では、「追い込み指導」が正当化されやすい。

こうした指導の憧憬(しょうけい)の的になっているのが古代ギリシャのスパルタ教育である。これほど美化されているものはない。市民の十倍ともいわれる大量の奴隷を使役する極端な軍国主義共同体だったスパルタは、奴隷の反乱を強権で抑え込むため、市民階級の全男性に過酷な軍人教育を施した。虚弱児を出生時に殺害し、男児に対して幼少期から過酷な競争的集団生活を強制した。それにより、男子の成人前死亡率は数十パーセントに達したと推定されている。

スパルタの教育では、けんかや奴隷からの窃盗が奨励され、自由な弁論も忌避されていた。そのため哲学や科学は育たず、やがて共同体は腐敗。他の国家に覇権を奪われ、歴史の闇に沈んでいった。スパルタ教育も膨大な犠牲の上に成り立っていたことを知るべきである。