校長のパフォーマンス(92)カズオ・イシグロ氏のノーベル賞

eye-catch_1024-768_takashina-performance教育創造研究センター所長 髙階玲治

昨年度のノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロ氏の受賞晩さん会でのスピーチを読んだ。興味深いことに、氏にとってノーベル賞は5歳児のときにさかのぼると言う。

そのイメージは、西洋の男性が鮮やかな色で本のページの大半を占めていた。その迫り来る顔の後ろの半分は、爆発からの煙やほこりの絵で、反対側は爆発から空に舞い上がる白い鳥たちの絵だった。日本のタタミに寝そべって読んでいた本である。

その印象が残っているのは、おそらく母が語ってくれた物語のせいであろうという。絵の男はダイナマイトを発明したノーベルで、その使い方に懸念を持って「ノーベル賞」を創設したのだ、と。母はそれが「平和」を促進するものと語ってくれた。

母は、長崎での原爆の体験者である。原爆投下からわずか14年後のことであった。氏はその当時から「平和」の大切さについて認識した。「ノーベル賞」はシンプルな偉大な理念で、子供にも理解でき、世界の人々の心をつかむのだ、と。

カズオ・イシグロ氏にとって「ノーベル賞」は幼い頃から心に刻み込まれていた「平和」のシンボルのようであった。

そのノーベル賞について、自国の誰かが勝ち取ったとしても、それはオリンピックでメダルを勝ち取ったのとは異なると考えている。オリンピックでは自分たちの部族が他も部族よりも優れていることを誇りとするが、ノーベル賞を受賞する誇りは、共通の人類の努力に意義深い貢献をしたという、より大きな感情であり、人類を一つにするものだ、と。

イシグロ氏は、現在の世界の状況を「高まりつつある部族間の敵意の時代」と言っている。コミュニティーが対立する複数のグループへと分裂していく時代なのである。

しかし、ノーベル賞はこのような時代において、分断する壁を越えて考えることを助けてくれる理念である。「私たちが人類として一緒に奮闘して求めなければならないことを思い起こさせる理念」なのである。

それは、いつの時代でも母親が子供に話し伝える類いのものであって、子供たちに刺激を与え、自分たちに希望を与えてくれる、と氏は語る。

氏は5歳のとき、長崎で多かれ少なかれノーベル賞の意義をつかんだと言う。そして今、その意義を理解していると信じている、と。カズオ・イシグロ氏にとって、幼い頃のノーベル賞体験は、世界の平和と調和を考えさせられるものであった。その基調として、ノーベル賞が極めてシンプルだが、子供でも把握できるものと考えている。平和と調和の理念として。

ノーベル賞受賞決定の報道の機会に子供たちにこの賞の意義を伝えたい。そのことをイシグロ氏は語りたかったのではないか。

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