ダークペダゴジー ― 教師をむしばむ負の指導法(10)代替案のホワイトペダゴジー

東京電機大学助教 山本 宏樹

ここまで、ダークペダゴジーの具体例とメカニズムを説明してきた。代替案として何が考えられるだろうか。大きく二つの対案を示したい。

一つ目は、倫理的に問題がない教育方法を指す「ホワイトペダゴジー」である。分かりやすい例で言えば「褒めて伸ばす教育」「カウンセリングマインド」「個性に寄り添った発達支援」などがこれに当たる。往年の映画「二十四の瞳」「学校」やドラマ「3年B組金八先生」などを見れば分かる通り、こうした教育方法は昔から模範として扱われてきた。

教育社会学者で東京学芸大学の伊藤秀樹講師によれば、近年は「褒めて伸ばす教育」として、「ポジティブ・ビヘイビア・サポート(Positive Behavior Support)」という米国発祥の応用行動療法が日本で普及の兆しを見せている。

ただ、教壇に一度でも立った経験があれば、ホワイトペダゴジーの難しさは分かるはずである。例えば、生徒が他の生徒に暴行を加えている状況を教師が見たら、「ホワイトペダゴジー」などといって、にこやかに振る舞うだろうか。そうした緊急事態に教師が加害生徒を制止するため、必要最小限度のダークペダゴジーを行使することに異論を挟む人は少ないはずだ。しかし、これは教師が強権を振るって生徒の問題行動を威圧し続ける「安目狙いの悪手」を続けることではない。

ホワイトペダゴジーの真骨頂は、生徒間でトラブルを対話的に解決する自治能力を育てたり、加害リスクの高い子供の「荒れ」の原因を解決したりすることを通じて、危機的事態を未然に防ぐことだ。これによって、強権的統治モデルを超える活発な生徒自治モデルも実現したい。

ホワイトペダゴジストの中にも「叱ること」をどの程度容認するかで論争がある。だが、少なくとも怒鳴りつけたり、厳罰を加えたりすることだけが「叱る」ではない。ホワイトペダゴジーは「指導」行為にはらむ暴力性を最小化しつつ、教育効果を最大化しようとする営みだ。ダークペダゴジーと比較して知識や労力、忍耐など支払うべきコストも高い。

「教育効果のあるホワイトペダゴジー」は、その実現自体が教師にとっての目標になるのである。

教育科学研究会や全国生活指導研究協議会のような民間教育研究団体は、教育効果があるホワイトペダゴジーの方法論を開発、洗練させようと長年活動してきた。近年は臨床教育学の下で、臨床心理学と教育学の対話も進められている。それらの蓄積にも学ぶべきである。