職業としての教員―「教師」というレトリック(1)教員と教師の意味

教職員支援機構上席フェロー 百合田 真樹人

公教育で実践を担う主体(教育実践者)は「教員」か、それとも「教師」か。教員と教師は置換可能な同義語なのか。簡単な言葉の違いだが、教育上の課題の多くが、言葉の意味を整理しないで議論されてしまう面がしばしば見受けられる。

教員と教師については、それぞれの辞書的な意味の違いだけははっきりしている。

「教員」は、学校職員のうち、直接教育に従事する職員の総称である。「員」には、組織に所属し、組織内で特定の役割を担う人という字義がある。

対して、「教師」は学業や技芸を教える人や、宗教上の教化を担う人などのように、さまざまな立場で他者を教える人を指す言葉である。「師」には、学問や技芸を教授する人という字義に加え、尊敬される存在としての意味もある。

教育行為は、教える側と教わる側の関係性を一般的には想定する。「教員」は、学校教育制度の下で、この関係性はあらかじめ用意されている。一方、「教師」は、教える側と教わる側の対話によって関係性を構築し、その上で尊敬や承認を得る。より良い関係性を築くための資質と技能を育む時間が必要になる。

学校教育制度の下、教育職に採用されれば、誰もが「教員」である。だが、「教師」は「教える存在」として他者からの尊敬や承認を得るプロセスが求められる。そのため、教員は必ずしも教師ではなく、教師が教員である必要もない。

つまり、教員と教師は置換可能な同義語ではない。そこから面白いことが見えてくる。

教員養成課程は、学校教育で教育実践を担う主体に対し、必要な知識や技能を伝授する教育課程である。都道府県教育委員会は、この課程の修了者から申請を受けて教員免許状を授与する。教員として採用された後は、研修や教員免許更新講習で専門性の維持と向上を図る。

日本の教育実践者の養成や専門性の育成は、学校教育制度が用意した場と関係性の中で教育実践を担う教員を想定している。極めて制度的、組織的な文脈で、システム設計がされている。教員養成課程も学校教育制度が定義する教員養成を軸にしている。これは、採用率の関心からもうかがえる。

教師の自律的な教育実践を想定した養成課程の在り方は、自明のものとして共有されてはいない。同様に、教師が学習者との関係性を積極的に構築しながら、師としての資質能力を磨くという観点も共有化されていない。

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【略歴】

百合田真樹人(ゆりた・まきと)、教職員支援機構上席フェロー。1971年、愛媛県生まれ。同志社大卒。政治哲学、歴史哲学、教師教育学の三領域を横断する学際的研究により、ミシガン州立大学で博士号を取得。哲学的対話を軸に、公教育の実践主体である教師の役割と専門性の定義、教師の専門性の形成について研究する。