教師集団の学びとリフレクション(16)外部講師に求める役割

東京学芸大学教職大学院准教授 渡辺 貴裕

授業検討会に大学教員や指導主事などを外部講師として呼ぶことはよく行われています。そうした外部講師は授業検討会においてどんな役割を果たせるのでしょうか。

検討会では、「授業者自評」やその学校の教員らによる「討議」の後、最後に外部講師による「指導講評」という構成がよくとられています。そこでは、外部講師は、その授業に対して、良かった点や課題、改善策などを述べるよう期待されていることが多いようです。

私の場合、この構成の中で話をする場合でも、授業の良しあしを論評することはありません。参加者ら(私も含めて)がその授業からより多くを学べるよう、出てきた話を整理したり、子供の姿を挙げたり、焦点化して参加者らに問い掛けたり、授業者の話を引き出したりといったことを行っています。連載第13回で述べたような学習活動の追体験を取り入れることもあります。また、授業そのものではなく、授業に対する先生方の協議へのフィードバック(「あちらのグループで、○○という話が出ていました。子供の姿からこんなふうに問いが出てくるのは面白いですね」といった)を返すことも多くあります。

これらは全て、私が自分の役割を、授業から多くの学びを引き出し成長していけるような検討会をその学校の先生方が自律的に行えるようになるようサポートすること、と考えているからです。そのため、継続的に学校に関わるときには、たいてい、「私が必要なくなることが目標です」と最初に断っています。そして、授業から学び合うやり方やその楽しさ、意義を身をもって示すようにしています(検討会の進行自体を組み替える手伝いをすることもあります)。

ここに挙げた私の関わり方は、あくまでも、外部講師としての関わり方の一例です。その人の専門性に応じて、さまざまな関わり方があるでしょう。ただ、ここで私が問題にしたいのは、外部講師がどんな役割を果たすかということを、呼ぶ側(学校)も呼ばれる側(大学教員や指導主事)もどれだけ意識的に考えられているだろうか、ということです。残念ながら、「大学の先生なら誰でもよい」「アクティブ・ラーニングについてしゃべってくれれば何でも」といった安易な呼び方も、自分の役割に無自覚なまま与えられた時間しゃべるだけといった引き受け方も、横行しています。

外部講師に何を求めるのかを明確にして、呼ぶべき人を「選ぶ」こと。自分に何ができるのかを考え、安易な依頼には「応じない」こと。その上で、両者の求めること・できることをすり合わせていくこと。外部講師がより意味がある役割を果たして授業検討会を充実させていくためには、これらが必要です。