古くて新しいPTA問題 これからの保護者と教師の関係(5)教師の負担――「広報紙、イベント」

ジャーナリスト 大塚 玲子

教師が負担に感じているのは委員決めだけではない。例えば、PTAの広報紙制作がその一つ。取材して「あれ(広報紙)はいらない」とはっきり口にするのは、保護者よりも断然、教師たちだ。内心「いらない」と思っている保護者も多いが、広報委員経験者の前では言いづらいところがある。その人の努力や成果まで否定することになりかねないからだ。

保護者たちは漠然と「PTA活動は学校のため」と思っている。広報紙も同じ考えで作っているが、教師は違う。教師は行事の手伝いのような「自分たちの仕事を減らしてくれるPTA活動」は、ありがたく感じている。だが、それ以外の広報紙制作や講演会といった保護者向けの活動については、「やりたくない人に無理にやらせる必要はない」ことを、よく認識している。

広報紙制作のために、教師が余計な時間を取られることもある。忙しい時期に掲載用の文章を求められたり、子供へのアンケート実施や回収を頼まれたりする。保護者は「教師だってそれくらい協力して当然」「保護者と教師の交流が生まれて素晴らしい」などと思っているようだが、教師は「これ以上余計な仕事を増やさないで」とため息をついている。

土日に開催されるPTAのイベントに駆り出されるのも悩みの種だ。校長も、家庭がある教師には遠慮して若い独身者に声を掛けることが多いようだが、独身なら休日返上のただ働きをさせてよいわけではない。校長もそれは分かっているので、ポケットマネーでご飯代を出したりと、見えざる負担も発生している。

高校のPTAになると、ますます首をひねる状況が発生する。中学、高校と進むにつれ、小学校のように保護者の手伝いが必要な場面はほとんどなくなり、ほぼ集金が目的の団体になる。が、会議は定期的に行っているため、会計や連絡調整などの取りまとめ全般が担当教師(主に教頭)の負担になっているケースがある。

いずれも、保護者が本当に必要性を感じ、子供のためになる活動であれば意義はあるが、現状はほとんどがそうではない。熱心なのはごく一部の役員のみで、大半の保護者はいやいや、仕方なくやっている。「PTAさんがいないと、学校は回りませんよ」などという校長の社交辞令を真に受け、嫌がる保護者に活動を強いて無理やり継続しているPTAは少なくない。そうした様子を見ている教師らが、活動に疑問を抱くのは当然だろう。