クオリティ・スクールを目指す(141)学校を変える魅力的な提言

eye-catch_1024-768_takashina-school

教育創造研究センター所長 髙階玲治

東京都麹町中学校の実際

最近、文科省のSociety5.0における教育や経産省のEdTechなどの提言が注目されている。その動きに関連する東京都千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長の著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社、2018)を読んだ。麹町中はEdTechの実証校である。内容は期待以上であった。

わが国の学校は、最近の「働き方改革」が示すように、教員の勤務時間の縮減が大きな課題である。逆に言えば、過度の仕事量が教員の思考力を奪い、無用な「当たり前」を作り出してきたと言える。その結果、自分たちで仕事を改善し、ものごとを決めるという精神が衰弱してしまったかのようにみえる。

それは未来型の教育実現にとっても極めて危険なことではないか。教育が大きく変貌する予感が示されている現状では、改善・変革へ学校や教員が自ら成熟する必要があるからである。

その意味で、工藤校長の「当たり前」をやめたという提言は極めて大きな意味がある。学校の「当たり前」とは、極めて具体的な日常事項であるが、改善リストは3年間で500項目もあって、350項目を改善したという。ただし、「宿題は必要ない」「クラス担任は廃止」「中間・期末テストも廃止」などの提言を形式的にまねするのはやめたい。「当たり前」をやめた結果として、それ以上に効果の上がる教育方略を創り出す必要がある。例えば、「学年担任制」とあるが、「学年共同経営」の考え方は以前からみられたことである。ただ、「学校の非常識」と思われるやめた事例には驚かされる。

私が特に関心を持つのは「新しい学校の創造」で、いくつかの事例が示されている。その事例は、独自の取り組みが多く、教えられる。例えば、「ロールモデルと出会う麹中アフタースクール」は、民間の力を活用した区民も参加する学びの世界である。つまり、「当たり前」をやめるのみが重要なのではない。未来形の教育へのチャレンジを、特にEdTechの実証校だけに期待したい。

さらに私が感銘を受けるのは、工藤校長のぶれない姿勢である。「目的と手段を見直し、学校をリ・デザインする」という一貫した姿勢で、「目的と手段を取り違えない」「上位目標を忘れない」「自律のための教育を大切にする」というモットーを強固に守ろうとする。

その姿勢には、学校の現状にみられる「当たり前」を捨てて、麹町中による新たな「当たり前」を創る努力のようにみえる。

わが国は2030年に向けた教育の胎動が始まっている。その未来の学校の在り方は、イメージ的には現在と格段の違いがある。それだけに、学校自らが変わるアプローチとして麹町中がそのモデルになれば、と考えるが難しいであろうか。期待は大きいのである。