職業としての教員―「教師」というレトリック(9)失敗からの知見が必要

教職員支援機構上席フェロー 百合田  真樹人

OECD(経済協力開発機構)が実施するPISA(生徒の学習到達度調査)の最新の調査が昨年10月末に終了、今年12月に結果が公開される。加えて今年6月には、2018年度のTALIS(国際教員指導環境調査)の結果公開も予定されている。

これらはいずれも、筆記型調査からコンピューターを用いた電子調査へと移行が始まっている。日本も15年のPISAからコンピューター使用型の調査に移行したが、18年のTALISでは筆記型調査が採用されている。

最新のTALISには47カ国・地域が参加している。筆記型調査票を部分的にでも採用した国・地域は、片手で数えても指が余る。それらの国・地域でも、インフラが整備されていないへき地の学校などに限って「部分的に」採用しているのが実情だ。

日本は唯一、筆記型調査票のみを採用した国である。経済成長の停滞が長期に及んでいるとはいえ、日本は科学技術先進国で豊かな経済大国だ。なぜ筆記型調査票のみとしたのか、他の参加国地域の関心事になるのも当然だろう。コンピューター型調査に、他国が想定していない不具合や欠点があるのだろうかという問いも出ているほどだ。

日本の学校教育現場ではコンピューターの活用が進んでいない。この実態は、OECDの各種調査でも明らかにされている。国際宇宙ステーションに参画し、先進的技術を持つ企業を有し、科学技術立国をうたう日本だが、学校教育でコンピューターの活用が難しいのはなぜだろうか。

最近、経団連の会長執務室に初めてパソコンが設置されたと報じられ、とても驚いた。だがそれ以上に驚いたのは、18年5月に会長に就任した中西宏明氏が、執務室でパソコンを使ってメール連絡したことが、経団連改革を象徴するエピソードとして紹介されたことだ。

わが国の学校教育現場でコンピューターの活用が大幅に遅れている要因はさまざまだろう。個人情報保護、不適切情報へのアクセス、指導側の技術といった問題も指摘されているが、最大の要因は他にあるとみている。多様な立場の人や集団から提示される「できない理由」と「やらない理由」に、積極的に向き合い議論する環境や文化を形成してこなかったことだ。

学校教育現場のコンピューター活用の問題に限らず、さまざまな失敗をその背景にある言説を含めて振り返り、共有可能な知見をつくる必要性があるのではないだろうか。