古くて新しいPTA問題 これからの保護者と教師の関係(9)そろそろ本音で話し合おう

ジャーナリスト 大塚 玲子

保護者は「PTAは学校や子供たちのため」と信じて、他の保護者たちに強制しながら活動を死守する。一方、教師は内心「そこまでしなくていいのに」と思いながらも、表向きは「PTAがないと学校は回りません」などとお礼を言う。建前と本音がかけ離れた状況を、今後も続けるべきなのだろうか。

はっきり言えば、学校がPTAに求めるのはリソースのみである。その意味で、現状維持の必要はないはずだ。今のPTAは強制によって生じる手間やトラブルが多く、教師にはメリットが少ない。いっそ「学校のお手伝い」に特化した組織にした方がいいのではないか。近年ではPTAに代わってサポーター組織を持つ学校もある。

筆者が取材した愛知県豊田市立浄水中学校は、学校を統合した際、PTAではなく「PTCA」(Cはコミュニティー)をつくり、校長が直接保護者や地域住民に呼び掛けて、必要な手伝いを募るようにした。保護者の話によると、嫌々ではなく、気持ち良く参加している人が多いという。

映画「みんなの学校」で有名な大阪市立大空小学校にもPTAはない。そもそも「保護者」という呼称を使わず、地域住民を含めて「サポーター」と呼び、良い関係を築いている。

こういった形なら、委員や役員決め、それに伴うトラブル対応、形だけの総会も一切不要だ。それでいて学校の手伝いに必要な労働力も確保できるため、教師も保護者も身軽になる。

もっと良いのは、予算を確保して教職員を十分に補充することではないか。日本では保護者が学校や教師を手伝うのは当然と認識されているが、本当にそうだろうか。例えば、筆者はフリーランスで働くシングルマザーで収入も将来も不安定だ。そんな人間がなぜ自分の時間を削って、身分も収入も保障された教職員の仕事を手伝っているのか不思議に感じたことはある。

以前、欧州出身のラジオパーソナリティーから「なぜ日本の保護者は学校の手伝いばかりして、対等に話し合う場を持たないのか」と聞かれて答えられなかった。彼の出身国では、保護者の役割は校長と共に学校の運営を考えることだったそうだ。

学校に十分な予算が付き、保護者の労働力や寄付に頼る必要がなくなれば、教師も妙な気を使わずに済む。なぜそれをせずにいつまでも保護者に頼るのか。もちろん悪意はないだろう。前例踏襲で従来のやり方を変えられないのか、あるいは「役に立っている」と信じてやまない保護者に「もう結構です」とは言いづらいのか。そろそろ学校も保護者も、PTAについて互いに本音で話し合うべきだ。

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