寺脇研の平成の教育30年史(2)学校中心主義からの脱却

星槎大学客員教授 寺脇 研

1987年に出された臨教審答申は、一言で言えば「画一主義と学校中心主義からの脱却」を目指したものだった。同時に、行政に対して、変化に柔軟に対応することを要請するものでもあった。

すなわち、「個性重視の原則」では、画一性、硬直性、閉鎖性を打破して、個人の尊厳の重視、自由・規律の併存といった原則の確立を求めている。「生涯学習体系への移行」では、形式的な学歴に偏った人間評価など、学校教育の中で自己完結する考え方から脱却し、これからの学習は学校教育の基盤の上に各人の責任において自由に選択し、生涯を通じて行われるべきものだとしている。「変化への対応」では、国際化、情報化、科学技術の高度化、少子高齢化などへの対応が必要だと指摘している。

そもそも臨教審は、21世紀への展望を前提に議論していた。明治以来の「追い付き型近代化」の時代を超えて、日本人、そして人類がこれまでに経験したことのない新しい時代に向かうという、大きな文明史的な転換期に差しかかっているとの認識を前提にしている。

どうだろう。2019年の今日、日本は米国や中国が動かす世界経済のはざまで、実質的な移民受け入れを迫られ、インターネットやAIの驚異的進化、人口減と少子高齢化による地方消滅の危機という現実に直面している。こうした現状からも、30年以上前の臨教審の先見性は明白だったと思うのだが。

臨教審以後の、平成の教育改革のスローガンである、「新学力観」「生きる力」「自ら学び自ら考える」「アクティブ・ラーニング」「主体的・対話的で深い学び」など、その全てが、臨教審に端を発していると言っても過言ではない。もちろん、マスコミが命名した「ゆとり教育」もそうだ。

さて、平成に入り、それまで「元気のなかった」文部省は新しい指針を得て奮い立った。早くも89年には小学校92年、中学校93年実施の学習指導要領が告示される。「新学力観」の下、小学校低学年への生活科の導入、中学校の選択教科履修幅拡大が画一性を打破した個性重視につながり、中学・高校の家庭科男女必修化は個人の尊厳につながった。

生涯学習では、学校週5日制の月1回実施によって家庭や地域の教育力にスポットを当て、学校一辺倒の考え方に一石を投じた。同時に図書館の土日や夜の開館、子供の利用促進など、社会教育の利便性を強化した。大学教育でも、放送大学の全国化、大学社会人入学、公開講座の拡大を進め、学習者の選択肢を広げた。「いつでもどこでも誰でも学べる」生涯学習社会を目指していった。